韓という国名は古代国家の三韓(馬韓・辰韓・弁韓)を表す名前でしたが、7世紀からは高句麗・百済・新羅を指す名前になりました。 新羅の三国(高句麗・百済・新羅)統一を「三韓一統」と呼びます。. 大韓民国 は1948年に建国されましたが、その国名は新しくも、その名称の由来は大変古いもので、古代朝鮮の三韓の時代にまでさかのぼることができます。この「大韓」という名称は、もともと第26代王・高宗 (コジョン)が朝鮮半島の一つの国の独立という願いを込めて決定したものでした。
大韓民国(だいかんみんこく、韓: 대한민국、英: Republic of Korea)は、東アジアに位置する共和制国家。首都および最大都市はソウル特別市。通称は韓国(かんこく、韓: 한국、英: South Korea)。
概要
主要20か国(G20)、経済協力開発機構 (OECD)、開発援助委員会、主要債権国からなるパリクラブのメンバー、国際通貨基金における先進国であり、国際秩序における重要な国家の一つとされる。経済複雑性指標は世界第4位、2024年における国内総生産 (GDP) は世界第12位、対外純資産は世界第7位、外貨準備高は世界第7位、株式市場時価総額は世界第5位、貿易輸出額は世界第6位。
韓国の主要産業はエレクトロニクス、IT、化学製品、自動車、造船等である。ハイテク製品を柱に、サムスン電子(スマートフォン・半導体世界最大手)、SKハイニックス(先端記憶装置世界最大手)、LGエレクトロニクス(家電世界最大手)、HD現代重工業(造船世界最大手)、現代自動車(自動車世界シェア3位)、サムスンバイオロジクス(バイオ医薬品製造世界最大手)等多数の世界的企業を有し、産業技術力指数は世界第3位。近年は特にスマートフォンと先端半導体の研究開発で知られる。
2023年における韓国の平均世帯所得は7,185万ウォン。世界銀行における『高所得国(一人当たりのGNIが1万4005ドル以上)』に分類される。2022年度の平均月収は364万ウォン、中央値は267万ウォン。企業規模による著明な収入格差が存在し、大企業591万ウォンに対し、中小企業286万ウォン。
主な社会問題に、出生率の低下、OECD内で最も高い自殺率、物価高や不動産バブルによる経済格差の拡大等が挙げられる。社会構造は急速な経済成長(世界最貧国から先進経済大国)により生じた、教養面における極端な世代間知的格差に特徴付けられる。
近年は教育に注力し、人間開発指数では『極めて高い』を記録。国連教育科学文化機構(UNESCO)によれば、2019年における19歳以上25歳未満の大学進学率は98.4%、大学院進学率は44%。理工系専攻の学生が多い。
科学技術においては、宇宙開発では衛星運用能力を備える国産ロケットの開発に成功した世界7か国の一つであるほか、材料科学、物理工学、化学、化学工学、バイオテクノロジー、ナノテクノロジー、ITテクノロジー、特に民間企業による研究開発(R&D)の世界的拠点である。文部科学省科学技術指標2024によれば、自然科学における論文数で世界第8位、引用上位1割の論文数で世界第9位。特許取得数は世界第4位である。
憲法上「朝鮮半島及び付属島嶼全域」の22万4000km2(日本の本州と同規模)を領土とするが、北緯38度以北は北朝鮮が実効支配する。緑地が国土の約81%を占める。国家の重要機能が首都に集中し、2021年におけるソウルの都市圏人口は国民人口の50 %を超える2604万人である。
国名
正式名称
正式名称は、ハングル表記: 대한민국、漢字表記: 大韓民國。読みは、[ˈtɛ̝ːɦa̠nminɡuk̚] ( 音声ファイル) テハンミングク。略称は、한국(韓國、[ˈha̠(ː)nɡuk̚] ( 音声ファイル) ハングク)である。
1948年5月10日の総選挙で制憲国会が構成された後、同年6月23日に国号の採決が行われ、独促国民会が推す「大韓民国」が新国家の国号に決定した。大韓民国の国民は自国の国号を「大韓民国」、「韓国」などと呼び、自国を呼称する場合、よく「ウリナラ」(우리나라、[uɾina̠ɾa̠] ( 音声ファイル)、我が国の意)と呼ぶ。
ヨーロッパ諸語でのコリア(Korea)はマルコ・ポーロの『東方見聞録』における「高麗」(고려 、コリョ)に由来する。現在、大韓民国の公式英語名はRepublic of Koreaと呼ばれる。一方で、略称としてSouth Koreaと表記されることも多い。
日本における呼称
日本語表記は、大韓民国。略称は、韓国。
日本では大韓民国樹立からの数年間、一時的に「韓国」のほかに「南朝鮮(みなみちょうせん)」等の表現も使用された。その後1965年の日韓基本条約締結により「大韓民国」と「韓国」の使用が増加し、1980年代以降は公式の場において「南朝鮮」を大韓民国の表現として使用することは稀である。一方日本共産党は、南北が国際連合へ加盟するまで「どちらかが全体を代表するという響きがない」として用いる場合があった。現在でも、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)政府を「朝鮮半島唯一の合法な政府」として支持する者や共産主義者ないし共産趣味者の間では、一部で南朝鮮という表現が使用される。
また日本語で朝鮮半島を指す異称としては「高麗(こま)」があり、かつて「高麗人(こまびと)」といえば朝鮮半島の人々の異称であった。
韓国と北朝鮮における「朝鮮」の呼称
韓国と北朝鮮は、かつての東西ドイツと異なり、条約に基づく相互国家承認を行っていない。1991年の南北基本合意書に「相手方の体制を認定し尊重する」(第1条)との規定があるが、合意書が批准を経ておらず、法的拘束力を持っていない。このため、北朝鮮は、韓国政府が実効支配している半島の南部地域を南朝鮮(남조선、ナムジョソン)と表現してきた。しかし2023年より、北朝鮮政府は公式声明の場で大韓民国という名称の使用を開始、同年の金正恩の演説でも使用された。2024年には金与正が尹錫悦の肩書を大統領と韓国側の正式名称で呼称し、さらに2026年3月の最高人民会議での憲法改正により、南側で大韓民国と接するという領土条項が新設され、北朝鮮の憲法上でも正式に「大韓民国」と呼称して別個の国家として扱うに至った。
大韓民国樹立までは、韓国政府の実効支配区域(38度線以南の朝鮮)に居住する朝鮮民族の間でも、自国や自民族の呼称として「朝鮮」を用いていた。しかし、1948年の樹立以来の韓国においては、北朝鮮との「朝鮮の合法な政府」としての地位をめぐる対立から、北朝鮮側の半島全土の呼称である「朝鮮」を含む表現は避けられている。
現代の韓国人が「朝鮮民族」「朝鮮語」のような表現の使用することは稀で、「韓民族」「韓国語」といった表現が主流である。また一般に、朝鮮半島は「韓半島」、朝鮮戦争は「6.25戦争」または「韓国戦争」、朝鮮人参は「高麗人参」といい、朝鮮半島の南北についても「北韓・南韓」と表現される。
ただし、ごく一部の民族民主(NL)系人士が自国のことを「南朝鮮」と呼んでいるほか、ホテル名や学校名、朝鮮日報のような大韓民国成立以前から存在する組織など、ごく少数の固有名詞では、歴史的感覚から「高麗」「新羅」と同様に「朝鮮」を使用している場合もある。
歴史
大韓民国臨時政府
現行の大韓民国憲法前文では、大韓民国は日本統治時代の三・一運動により建立された大韓民国臨時政府の法統を継承すると規定されている。制憲憲法の起草に携わった兪鎮午らも、大韓民国政府が臨時政府の建国史的正統性の上で成立したことを明らかにしている。彼らは日本の植民地統治を否定し、朝鮮の独立と民主共和国設立のために活動した。臨時政府の初代大統領には李承晩が就任した。
第二次世界大戦の勃発で日本と連合国が敵対するようになると、連合国の首脳は1943年に発表したカイロ宣言の中で大戦後の朝鮮に「自由且独立ノモノタラシムル」ことを宣言した。1945年2月、ヤルタ協定にて連合国首脳は戦後朝鮮をアメリカ・イギリス・中華民国・ソ連の4か国による信託統治下に置くことを決定、ヤルタ会談と米軍との秘密協定に基づいてソ連軍は8月9日の対日参戦後速やかに朝鮮半島へ侵攻を開始した。1945年8月15日、日本がポツダム宣言の受諾を宣言したことで朝鮮の解放が決定的となった。
朝鮮は北緯38度以北(北朝鮮)をソ連軍に、以南(南朝鮮)をアメリカ軍にそれぞれ占領された。アメリカ軍司令部は9月7日に朝鮮における軍政(占領統治)実施を宣言し、独立運動家らが自発的に樹立した朝鮮人民共和国や大韓民国臨時政府の政府承認を否定した。
大韓民国政府成立
9月9日、アメリカ軍は降伏文書の署名を受け、南朝鮮では新設された在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁が統治機構を一部復活させて直接統治を実施した。アメリカ軍軍政下の朝鮮半島南部には幾つかの政治勢力が存在した。このうち、李承晩を中心とする右派のグループはアメリカともっとも近い関係にあった。しかし、李承晩はアメリカ本国との直接のパイプを見せながらアメリカ軍軍政に対して接したため、軍政の当局からは厄介な存在として扱われていた。ただ李承晩には長年本国を離れていたため国内に組織的な支持勢力を持っていないという弱点もあった。右派の政治勢力には李承晩のグループとともに大韓民国臨時政府の中心となっていた金九のグループがあった。さらに右派には宋鎮禹や金性洙など韓国民主党(韓民党)を結成した政治勢力がおり、韓民党は財政的基盤では他よりも優位にあった。一方、左派の政治勢力には朴憲永のグループがあった(朴憲永はのちに北朝鮮へ越北)。このほか呂運亨を中心とする中道左派のグループや金奎植を中心とする中道右派のグループが存在した。
第二次世界大戦後の朝鮮半島南部では左右対立が激しく、無償農地改革を主張していた左派勢力のほうが優勢だった。しかしソ連が提案した朝鮮半島の国際信託統治案をめぐって左派が「賛託」と呼ばれる賛成派につき、右派が「反託」と呼ばれる反対派についたことを契機に状況は変化した。連合国は1945年12月のモスクワ三国外相会議にて朝鮮半島の信託統治を協定し、翌1946年1月から京城府で信託統治実施に向けた米ソ共同委員会を開催した。しかし、共同委員会は信託統治受け入れに反対する李承晩、金九ら大韓民国臨時政府系の右派の扱いをめぐって紛糾し、米ソ対立から1947年7月に決裂した。
アメリカは朝鮮問題を国際連合に持ち込み、国連は1947年11月14日に国連監視下で南北朝鮮総選挙と統一政府樹立を行うことを決定した。翌1948年1月に国連は国連朝鮮委員団(UNTCOK)を朝鮮へ派遣し、総選挙実施の可能性調査を行った。ソ連がUNTCOKの入北を拒否したため、アメリカ主導の国連は2月26日にUNTCOKが活動可能な南朝鮮単独での総選挙の実施を決定、金九、金奎植ら大韓民国臨時政府重鎮や北朝鮮人民委員会による南部単独での総選挙反対を押し切って5月10日に南部単独総選挙を実施した。
アメリカ軍軍政は、李承晩や金九を絶対的に支持していたわけではなく、中道派を軸に左右の勢力を取り込んだ政権を実現しようとしたが挫折(左右合作運動)。結局、李承晩と韓民党の連携による政権樹立が目指された。憲法案では大統領制を採用するか内閣責任制を採用するかが争点となり、強大な権力を理想とする李承晩や金九は大統領制を主張したのに対し、議会に基盤を置いていた韓民党は内閣責任制を主張した。制憲憲法はその折衷案として大統領を国会議員の間接選挙により選出する大統領間接選挙制を採用した。選挙によって成立した制憲議会は7月12日に制憲憲法を制定、7月20日には李承晩を大韓民国大統領に選出して独立国家としての準備を性急に進めた。この制憲憲法には進歩的な条文も含まれていたが、自由に関しては法律での制限を広範に認める内容で、国内の多くの政治勢力の意向を汲んだ妥協点が反映されたものだった。
3年後の1948年8月15日、李承晩が大韓民国政府樹立を宣言。同日独立祝賀会が行われ、実効支配地域を北緯38度線以南の朝鮮半島のみとしたまま大韓民国が独立国家となった。
国旗の由来
遡る1948年7月12日に韓国の独立準備をしていた大韓民国制憲議会が韓国の国旗を「太極旗」とすることを決定し、李氏朝鮮の旧国旗に由来する旗の名称は正式に「太極旗」となった。以降、韓国の国旗は「太極旗」であると、「国旗製作法」(1949年- 2007年)及び「大韓民国国旗法」(2007年 -)で明記されている。
白地が国土を、円が国民を、四つの四角い記号が政府を意味する。白は平和の精神、中央の円は太極といって宇宙を表していて、青は陰を、赤は陽を示し、陰陽が一つとなって万物を創造することを表している
記号は易の掛で、乾☰・ 坤☷と坎☵・離☲が一対になって万物の対立と均衡を示している。
南朝鮮単独で大韓民国が建国された翌月の1948年9月9日、大韓民国の実効支配が及ばなかった残余の朝鮮半島北部は金日成主席の下で朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)として独立した。
双方に政権ができてからも南北分断回避を主張する南北協商論は強く、金九や金奎植は平壌で金日成と会談したが、決裂した(南北連席会議)。南北間には隔たりがあり、金日成はこの会議を朝鮮半島全体の指導者として印象づけるために利用したという評価もある。
1948年の時点では、南北の分断はまだ強固で強靱に制度化されたものとはみられていなかったが、冷戦を背景に南北で非常に対照的な憲法が制定されたことで、南北の分断は次第に固定化された。互いに朝鮮半島全土を領土であると主張する分断国家はそれぞれの朝鮮統一論を掲げ、朝鮮民主主義人民共和国の金日成首相は建国翌日の9月10日に最高人民会議の演説で「国土完整」を訴え、他方大韓民国(南朝鮮)の李承晩大統領は軍事力の行使をも視野に入れた「北進統一」を唱えた。
互いを併吞しようとする両政府は1950年6月25日に勃発した朝鮮戦争によって、実際に干戈を交えることになる。
朝鮮戦争
1950年6月25日、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)は韓国との境界であった北緯38度線を越えて南下を開始し、朝鮮戦争(韓国動乱)が勃発した。そのころ、弱体である韓国軍は敗退を重ね、洛東江以東の釜山周辺にまで追い詰められた。北朝鮮の侵攻に対して国連安保理は非難決議を上げ、アメリカを中心とする西側諸国は国連軍を結成して韓国軍とともに後退戦を戦っていたが、仁川上陸作戦により北朝鮮軍の戦線を崩壊させ、反攻に転換した。
韓国軍・国連軍は敗走する北朝鮮軍を追って鴨緑江近辺にまで侵攻した。これに対し中国が義勇軍を派遣して北朝鮮の支援を開始、韓国軍・国連軍を南に押し戻し、一時再びソウルを占領した。その後、北緯38度線付近で南北の両軍は膠着状態になり、戦争で疲弊したアメリカと北朝鮮は1951年7月10日から休戦合意を巡る協議を開始した。2年間にわたる戦協議の末、1953年7月27日の朝鮮戦争休戦協定締結をもって大規模な戦闘は停止した。ただし、韓国政府は休戦協定に署名しておらず、戦争自体も協定上は停戦状態のままとなっている。この戦争により、朝鮮半島のほとんど全域が戦場となり、インフラや文化財の焼失、戦闘での死者のみならず、保導連盟事件や済州島四・三事件の例にあるように双方とも敵の協力者と見なした一般市民の大量処刑を行うなど、物的、人的被害が著しく、国土は荒廃した。また、38度線が引かれたことにより朝鮮半島の分断が確定的となり、朝鮮統一問題が南北朝鮮の最重要課題となっている。
李承晩時代
1948年に韓国の初代大統領に就任した李承晩は、日本から戦争賠償金を獲得するために「対日戦勝国(連合国の一員)」としての地位を認定するよう国際社会に要求したが、連合国からは最終的に認定を拒否され、1951年の日本国との平和条約を締結することができなかった。一方、国内では朝鮮戦争という危機的状況下でも権力を維持し、戦争中に釜山へ移転していた政府を休戦後に再びソウルへ戻すことができた。朝鮮戦争後、李承晩は政敵の排除(進歩党事件など)や反政府運動に対する厳しい弾圧とともに、権威主義的体制を固めていった。しかし、経済政策の失敗で韓国は最貧国の一員に留まっており、権威主義的な施策もあって人気は低迷していった。そのため、不正な憲法改正や選挙など法を捻じ曲げての権力の維持を図ろうとしたものの、1960年4月19日の学生デモを契機として政権は崩壊し(四月革命)、李承晩はハワイへ亡命した。
1950年代末には米国系多国籍企業が進出し始め、その後の60年代後半には日本系多国籍企業も加わり、70年代にはこれら直接投資が石油関連化学工業と機械工業に集中して増加し経済成長する。
朴正煕時代
李承晩の失脚後、張勉内閣の下、政治的自由化が急速に進展したが学生を中心とした北への合流を目指した南北統一運動が盛り上がりを見せるに至り、危機感を抱いた朴正煕少将をはじめとした軍の一部が1961年5月16日にクーデターを決行し、国家再建最高会議 が権力を掌握した。第三共和国憲法の承認後、朴正煕は1963年10月に第5代大統領に当選 した。1963年12月5·16軍事政変を主導した朴正煕らによって第3共和国が樹立された。1960年代の開発独裁の一環として政府は軽工業中心の輸出主導型発展とベトナム戦争派兵などを通じた外貨獲得で経済発展を実行した。1970年代には重化学工業と電子産業を集中的に育成した。しかし、都市と農村の所得格差、低賃金労働と貧富格差のような問題も残した。
朴正熙は1969年の憲法改正で、大統領の3選を可能とした(3選改憲)。3選目に挑んだ1971年の大統領選挙で野党候補の金大中に約95万票差まで追い上げを受け、さらに直後の総選挙で野党が国会の1/3を超える議席を獲得したことで、朴正熙は不安を感じた。その対応として1972年に7·4南北共同声明を発表する一方、政権の合法的延長が難しくなったと判断してその3か月後の10月17日、非常戒厳令を発して11月に憲法を改正(第四共和国)、大統領の直接選挙を廃止して、自らの永久政権化を目指した。これによって、大統領の任期を6年再任制に修正したうえ、国会議員を大統領に任命できる法案まで可決させるなど、大統領の権限を非正常に拡大させた。この変更は「統一を準備する」という名目でおこなわれ、維新体制と呼ばれた。これに対して、労働運動界、学生勢力が民主化を求めるが、政府は相次ぐ緊急措置を通じて抑制した。しかし、民主化運動勢力と労働運動家の反発は続いた。米国が韓国の「人権侵害」を批判し始めると、韓米間に外交摩擦が起きた。第2次オイルショックまで経験し、経済危機と内部混乱が大きく加重した。維新体制の時期には、反対派に対する激しい弾圧(金大中事件や民青学連事件など)により政治的自由が著しく狭まったが、1979年10月26日、側近の中央情報部長により朴正煕は暗殺された。
朴正煕時代は強権政治の下、朝鮮戦争以来低迷していた経済の再建を重視した。一方で朴政権は人材登用や産業投資に際し、自身の出身地である慶尚道を優遇し、全羅道に対しては冷遇をしたため、慶尚道と全羅道の地域対立、差別の問題が深刻になった。この問題は今に至るまで解決していない。
全斗煥・盧泰愚時代
朴正煕の暗殺により、急速に規制が解かれた韓国の政治はソウルの春と呼ばれる民主化の兆しを見せたが、1979年12月12日より始まった粛軍クーデターにより、全斗煥陸軍少将をはじめとした「新軍部」が軍を掌握した。新軍部の権力奪取の動きに対して反対運動が各地で発生したが、80年5月17日に非常戒厳令拡大措置が発令され、政治活動の禁止と野党政治家の一斉逮捕が行われた。5月18日、光州では戒厳軍と学生のデモ隊の衝突が起こり、これをきっかけに市民が武装蜂起したが、5月27日、全羅南道道庁に立てこもる市民軍は戒厳軍により武力鎮圧された(光州事件)。新軍部は朴正煕暗殺後に大統領の職を引き継いでいた崔圭夏を8月16日に辞任させ、全斗煥が大統領に就任し、憲法を改正。翌81年2月25日に行われた選挙により全斗煥が大統領に選出された。1987年、大統領の直接選挙を求める6月民主抗争が起こり、与党の盧泰愚大統領候補による6.29民主化宣言が引き出されたため、大統領直接選挙を目指した改憲が約束された。しかしながら、12月に行われた大統領選挙では、野党側の有力な候補が金泳三、金大中に分裂したために、全斗煥の後継者である盧泰愚が大統領に当選し、軍出身者の政権が続くこととなった。全斗煥、盧泰愚の時代は、軍政に反対する民主化運動とそれに対する弾圧の激しい時代であったが、朴正熙時代から引き続いた高度な経済成長と、1988年ソウルオリンピックの成功、中華人民共和国やソビエト連邦(1990年9月30日)との国交樹立、国際連合への南北同時加盟などにより新興工業経済国として韓国の国際的認知度の上がった時代でもあった。
文民政権登場以後
1990年、金泳三が率いる統一民主党が金鍾泌の率いる新民主共和党とともに盧泰愚政権の与党である民主正義党と合同(「三党合同」)し、巨大与党である民主自由党が発足した。金泳三は1992年の大統領選挙に民主自由党の候補として出馬し当選した。金泳三は久しぶりに軍出身者でない文民の大統領であったが、旧軍事政権と協力したために実現したものだった。しかしながら、金泳三政権時代に、全斗煥、盧泰愚元大統領らに対する軍事政権下の不正追及が開始された。1997年の大統領選挙では、長年にわたって反軍政・民主化運動に関わってきた金大中が大統領に当選した。金大中政権において民主化・自由化は本格化し、国家安全企画部の国家情報院(国情院)への改組、民主労総の合法化などが行われた。民主労総を支持基盤とした民主労働党が結成され、のちに国政進出を果たした。対北朝鮮政策も「太陽政策」のもと2000年6月に南北首脳会談を実現させ、分断された鉄道の連結や経済協力など南北融和が進み、近い将来の統一の期待を膨らませた。金大中は日本文化の開放も進め、韓日ワールドカップの共催を頂点に日韓の友好ムードは高まった。2002年の大統領選挙で当選した盧武鉉は支持基盤的に金大中の後継であり、政策も引き継いだ。
2007年大統領選挙に当選した李明博、2012年大統領選挙に当選した朴槿恵により、再び政権は慶尚道系保守勢力へ戻り、各種政策も揺り戻しが起こっているが、民主的政体は大韓民国においてもはや定着していると言える。2017年3月には民主化以降初めての大統領弾劾が成立して朴槿恵が失脚。5月の大統領選挙に文在寅が当選し、再び革新系に政権が戻った。
2022年大韓民国大統領選挙では、尹錫悦が当選した。
2024年12月3日、尹錫悦政権は野党を反国家勢力とみなして非常戒厳を布告した。これは反国家勢力とされた野党に対して全ての集会やデモを禁じるものであり、布告から約2時間半で無効化されその後解除されたものの、大韓民国での戒厳令の布告は45年ぶりとなる。12月14日、尹大統領の弾劾議案が大韓民国の国会で可決された。尹大統領の職務は停止された。12月27日、大統領権限代行であった韓悳洙国務総理の弾劾議案も国会で可決されたため、韓国務総理の職務も停止された。
2025年1月15日、高位公職者犯罪捜査処と警察庁は大統領警護処側に尹大統領への拘束令状の執行への協力要請を行った。高捜庁と警察部隊は午前7時40分ごろ、大統領警護処側が設けたバリケードをハシゴで乗り越え、公邸敷地内に突入。午前10時半頃に内乱容疑で尹大統領への拘束令状を執行。韓国で現職大統領の逮捕は史上初となった。同年4月4日、憲法裁判所は尹大統領の罷免を8人の判事の全員一致で決定した。
2025年大韓民国大統領選挙では、李在明が共に民主党の候補として当選し、3年ぶりに政権交代が実現した。
年表
大韓民国成立後の歴史は、大韓民国憲法に基づく政体の相違により、七つの時代に区分される。
1945年 – 1948年:アメリカ軍政庁期(連合軍軍政期)
1948年:済州島4・3事件
1948年5月10日:初代総選挙実施
1948年7月12日:大韓民国憲法制定
1948年 – 1960年:第一共和国期
1948年8月15日:大韓民国樹立宣言
1948年:済州島4・3事件
1948年:麗水・順天事件
1949年:聞慶虐殺事件
1950年6月25日:米韓軍事協定締結
1950年6月25日:朝鮮戦争勃発
1950年6月27日:保導連盟事件
1952年1月18日:李承晩ライン宣言
1953年7月27日:朝鮮戦争休戦協定発行
1953年10月1日:米韓相互防衛条約締結(米韓同盟)
1955年8月18日:日韓経済関係断絶
1959年12月4日:新潟日赤センター爆破未遂事件
1960年4月27日:四月革命=第二共和国成立
1960年 – 1961年:第二共和国期
1961年5月16日:5・16軍事クーデター
1961年5月19日:国家再建最高会議設置
1961年 – 1963年:国家再建最高会議期
1963年12月17日:第三共和国成立
1963年 – 1972年:第三共和国期
1964年 – 1973年:韓国軍ベトナム戦争参戦
1965年1月:日韓竹島密約
1965年6月22日:日韓基本条約締結
1968年:青瓦台襲撃未遂事件
1971年8月23日:実尾島事件
1972年10月17日:十月維新=第四共和国成立
1972年 – 1979年:第四共和国期
1973年8月8日:金大中事件
1974年8月15日:文世光事件
1976年8月18日:ポプラ事件
1970年代:コリアゲート
1979年10月26日:朴正煕暗殺事件=第五共和国成立(ソウルの春)
1979年 – 1987年:第五共和国期
1980年:5・17非常戒厳令拡大措置
1980年5月18日 – 5月27日:光州事件
1983年9月1日:大韓航空機撃墜事件
1983年10月:ラングーン事件
1987年6月29日:民主化宣言=第六共和国成立
1987年 – 現在:第六共和国期
1987年11月29日:大韓航空機爆破事件
1988年9月 – 10月:ソウル五輪開催
1991年:韓国軍湾岸戦争参戦 国連加盟
1993年8月 – 11月:大田国際博覧会開催
1996年12月25日:経済協力開発機構(OECD)加盟
1997年12月3日:アジア通貨危機
1998年11月28日:日韓漁業協定締結
2000年6月13日:第一回南北首脳会談(金大中-金正日)
2000年6月15日:6・15南北共同宣言
2002年:韓国軍アフガニスタン紛争参戦
2002年5月31日:韓日ワールドカップ開催
2003年:韓国軍イラク戦争参戦
2003年8月:第一回六者会合
2004年9月:ザイトゥーン部隊派遣(イラク戦争)
2007年4月1日:米韓自由貿易協定締結
2007年10月:第2回南北首脳会談(盧武鉉 – 金正日)
2008年:ザイトゥーン部隊撤収(イラク戦争)
2010年3月26日:韓国哨戒艦沈没事件
2010年11月23日:延坪島砲撃事件
2012年5月 – 8月:麗水国際博覧会
2015年12月28日:慰安婦問題日韓合意
2017年3月 – 5月:朴槿恵大統領弾劾
2018年2月 – 3月:平昌五輪開催
2018年4月 – 9月:南北首脳会談(文在寅 – 金正恩)
2020年:総人口が初めて減少
2024年12月3日:12・3非常戒厳
2025年4月4日:尹錫悦大統領罷免
政治
大韓民国の政府構造は大韓民国憲法によって規定されている。多くの民主主義国家と同様に、大韓民国は行政・司法・立法の三権分立体制を採用している。
行政権と立法権は主に国家レベルで運用されるが、行政部門の一部の省庁は地方機能も担っている。司法府は国家および地方の両レベルで運営される。地方自治体は半自治的な構造を持ち、それぞれ独自の行政機関と議会を有する。大韓民国は憲法民主主義国家である。
憲法は1948年の独立時に初めて公布されて以降、複数回改正されてきたが、基本構造は維持されている。短命に終わった第二共和国を除き、常に大統領制を採用している。現行憲法の下で、国家体制は「第六共和国」とも呼ばれることがある。
政治勢力は概ね自由主義陣営と保守主義陣営に分かれ、前者は主に共に民主党、後者は国民の力によって代表される。
1960年代から1980年代にかけて軍事政権期を経験したが、その後民主化が進展し、現在では成熟した自由民主主義国家とされる。『世界の実情報(The World Factbook)』は大韓民国を「完全に機能する現代民主主義」と評価している。
一方で『エコノミスト・デモクラシー・インデックス』では「欠陥のある民主主義」に分類され、2024年時点で167か国中32位とされている。また『V-Dem Democracy Index』では2024年時点で46位と評価されている。
近年では民主主義の後退や権威主義的傾向の再出現を指摘する見解もあり、特に尹錫悦政権期における政治的動向が議論の対象となっている。
また、腐敗認識指数では31位(アジア太平洋地域7位)とされている。
2028年までに韓国の行政首都を世宗市に変更し、行政機関を中心とする首都機能を一部移転することが決定している。
治安
大韓民国は1980年代以降、オリンピックやアジア競技大会、国際博覧会、ワールドカップなどの大規模国際行事を通じて、警備および危機管理体制の高度化を進めてきた。特に1988年のソウルオリンピックは大規模警備体制の整備と運用経験の蓄積において重要な契機とされ、その後の警察機動力や統合指揮体系の発展に影響を与えた。また、消防を基盤とする119緊急通報・救急・救助体制の全国的整備や特殊救助部隊の拡充も進められ、国家的な災害・危機対応能力の向上につながった。
また大韓民国警察庁は対テロ部隊として警察特殊部隊を設立し、国立警察8688部隊として発足させるとともに、緊急通報番号「112」を地域の派出所まで連携させることで、都市部では約5分以内、地方でも最大10分以内に警察の支援が届く体制を整備したとされる。
さらに1987年の民主化以降、検察においても強力犯罪捜査部門が設置され、組織犯罪対策が強化されることで複数の暴力組織が解体された。その結果として、大韓民国では犯罪組織の影響力は相対的に小さいとされている。
また、大韓民国は武器や犯罪に使用され得る凶器に対する規制が厳格な国家である。銃砲や刀剣類はもちろん、塩酸などの化学物質についても、一般人が許可なく所持することは違法とされている。
大韓民国の殺人率は2026年基準で人口10万人当たり約0.6件であり、世界的に見ても低い水準に属する。強盗、傷害、暴行、監禁などの身体的暴力を伴う犯罪も比較的少ないとされている。また年間の殺人発生件数は継続的な減少傾向にあり、殺人事件の検挙率は2019年基準で100.7%に達していると集計されている。なお、ここでいう検挙率は、過去に発生した犯罪に対する被疑者の検挙も含めて算出されている。
2008年には、再発を防止するために、性犯罪前歴者に電子足輪の装着が義務づけられ再犯率は導入前の14.1%から1.86%と1/8に減少した。
以上のような実態も踏まえて、アメリカ国務省は韓国を「非常に安全な国」としつつも、誤った安心感を持ってはいけないと警告し、イギリス外務省は夜間のバーなどでの性犯罪に注意するよう警告している。
軍事
北朝鮮との未解決の緊張関係により、大韓民国はGDPの2.6%および政府支出の13.2%を国防費に配分しており(政府支出のGDP比:14.967%)、男性に対する徴兵制も維持している。その結果、韓国軍は世界でも最大規模かつ強力な常備軍の一つとされ、2022年時点で兵力は約360万人(現役50万人、予備役310万人)と報告されている。
大韓民国軍は陸軍(ROKA)、海軍(ROKN)、空軍(ROKAF)、海兵隊(ROKMC)で構成され、予備役部隊も存在する。これらの部隊の多くは韓国非武装地帯付近に集中している。韓国の全ての男性は憲法により兵役義務を負い、通常18か月の服務を行う。また、在韓米軍増強部隊(KATUSA)は韓国陸軍の一部として編成され、在韓米第8軍に配属された韓国兵士で構成される。2010年には在韓米軍支援のため約1.68兆ウォンの費用負担を行い、さらに約29.6兆ウォンの国防予算を投入した。
韓国は過去50年間、アメリカが関与した主要な軍事紛争の多くに参加しており、ベトナム戦争では32万5,517人の兵力を派遣し、最大時には5万人規模に達した。2004年にはイラク復興支援のため約3,300人のザイトゥーン部隊を派遣し、米英に次ぐ規模で連合軍に参加した。2001年以降は中東地域にも約24,000人を派遣し、対テロ戦争を支援した。
韓国では近年まで良心的兵役拒否は認められておらず、政治的・宗教的理由で拒否した男性が年間400人以上投獄される状況が続いていた。しかし2018年6月28日、憲法裁判所は兵役法に違憲判決を下し、代替役務制度の導入を求めた。同年11月1日には大法院が良心的兵役拒否を法的に認めた。
米軍部隊
大韓民国には在韓米軍を中心とする相当規模の米軍駐留部隊が存在する。駐留兵力は約28,500人とされ、その多くは1年交代の無帯同任務で配属されている。米軍は主に陸軍および空軍部隊で構成され、在韓米軍として第8軍、第7空軍、在韓米海軍などに配属されている。
これらの部隊は烏山、群山、龍山、東豆川、城北、キャンプ・ハンフリーズ、大邱などの基地に駐留しているほか、非武装地帯(DMZ)の共同警備区域にあるキャンプ・ボニファスにも配置されている。
また、大韓民国には国連軍司令部が存在し、在韓米軍および韓国軍を含む全ての戦力の指揮系統の最上位に位置している。北朝鮮との間で軍事衝突が発生した場合、米国は韓国軍に対する作戦指揮権を一時的に行使する体制が存在する。
一方で、米韓間では韓国軍への作戦統制権移管に関する長期的合意が存在し、将来的に韓国軍が自国防衛の主導権を担う方向で協議が続けられている。この移管は段階的に進められており、現在は2020年代の移管完了を目標としている。
情報機関
- 大韓民国国家情報院(英語表記:National Intelligence Service:NIS)
- 国軍情報司令部(英語表記:Defense Intelligence Command:DIC)
- 国軍機務司令部(英語表記:Defense Security Command:DSC)
国際関係
大韓民国は、国際連合加盟国のうち193か国と国交を結んでいる。2025年4月時点で国交のない国連加盟国は朝鮮民主主義人民共和国の1か国のみである。国交締結国のうち、特にアメリカ、中国とは前者は軍事、後者は経済の面で結びつきが親密となっている。
朝鮮民主主義人民共和国との関係
1948年の大韓民国建国以降、朝鮮半島は朝鮮民主主義人民共和国との間で相互に唯一の正統政権を主張し、敵対的関係が継続した。
1950年の朝鮮戦争勃発により分断は固定化され、休戦後も両国は軍事境界線を挟んで対峙した。韓国は李承晩政権以来強固な反共主義政策を採用し、国家保安法 (大韓民国)などを通じて北朝鮮関連活動を厳しく規制した一方、北朝鮮も韓国を「米帝の傀儡」とみなし対南工作を継続した。
1960年代から1970年代にかけては南北間で断続的な接触と断絶が繰り返され、1972年の南北共同声明など一時的な対話も見られたが、体制対立のため恒常的な関係改善には至らなかった。1980年には北朝鮮が「高麗民主連邦共和国」構想を提示したが実現せず、その後も軍事衝突や秘密工作事件が断続的に発生した。
冷戦終結後の1990年代には環境が変化し、1991年の南北基本合意書および国連同時加盟を契機に一定の緊張緩和が進んだ。2000年の6.15南北共同宣言以降、金大中・盧武鉉政権下では「太陽政策」により首脳会談や経済協力が進展したが、2000年代後半以降は北朝鮮の核実験やミサイル開発を背景に関係が再び悪化し、軍事衝突も発生した。
2018年から南北首脳会談が行われ、友好ムードが形成されたが、2020年に北朝鮮が南北共同連絡事務所を合意なしに爆破したことで関係は悪化した。その後、2023年以降、北朝鮮が「敵対的二国家論」を国家方針として掲げたことにより、南北関係はさらに緊張した状態が続いている。
アメリカ合衆国との関係
第二次世界大戦後、朝鮮半島南部は在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁による統治を経て、1948年に李承晩を初代大統領として大韓民国が成立した。1950年に勃発した朝鮮戦争では、アメリカ合衆国を中心とする国連軍が韓国側を支援し、1953年の米韓相互防衛条約締結以降、韓国はアメリカの主要同盟国となった。
1960年代の朴正煕政権期には、ベトナム戦争への派兵を通じて米韓関係が強化され、アメリカからの経済・軍事支援を背景に韓国経済は急成長を遂げた(漢江の奇跡)。一方で、韓国軍によるベトナム民間人虐殺や、朴政権の核武装構想、コリアゲート事件などは米韓間の摩擦要因ともなった。
1980年代以降、韓国は民主化と経済成長を進める中で外交範囲を拡大し、ソ連・中国・ベトナムなど社会主義国とも国交を樹立した。1990年代以降は太陽政策や北朝鮮問題、在韓米軍問題をめぐり米韓関係に変化も見られたが、韓国は引き続きアメリカとの同盟を安全保障の基軸としている。2020年代には在韓米軍縮小論も提起されたが、ジョー・バイデン政権下で在韓米軍維持方針が確認された。
日本国との関係
日本は大韓民国を朝鮮半島における唯一の合法政府として承認しており、1965年の日韓基本条約締結によって国交が正常化された。両国関係は歴史問題や領土問題などを背景に対立と協力を繰り返してきたが、経済・文化面では密接な交流が続いている。1997年のアジア通貨危機や2008年の韓国通貨危機では、日本が金融支援を実施した。また、2000年代以降は韓流やK-POPの流行によって日本国内で韓国文化への関心が拡大した。
一方で、竹島問題、慰安婦問題、徴用工訴訟問題などを巡って外交摩擦が続いている。特に2012年の李明博竹島上陸や、2018年の韓国大法院による徴用工判決以降は関係悪化が指摘された。また、韓国国内では歴史問題に関する対日批判や「親日派」財産没収政策なども行われた。その一方で、2025年に実施された世論調査では、韓国国内における対日好感度が過去最高水準となり、日本側でも韓国への好意的評価が増加したと報じられている。
中華人民共和国との関係
第二次世界大戦後の朝鮮半島南部は米軍軍政を経て1948年に大韓民国として成立し、反共主義を背景に当初は中華民国(台湾)と友好関係を築いた。朝鮮戦争(1950–1953)では中国人民志願軍が北朝鮮側として参戦し、戦争は休戦協定で終結したが、韓国はその後も長く中華人民共和国と国交を持たず対立関係にあった。
1970年代以降、中国の改革開放政策や冷戦構造の変化を背景に韓国の対中政策は転換し、1992年に中韓国交正常化が実現して台湾とは断交した。以後、韓国企業の対中投資や貿易は急速に拡大し、中国は韓国にとって最大の経済パートナーとなった一方、労働環境や制度変更などにより投資環境は変動し「中国離れ」の動きも見られた。
2010年代以降は経済関係に加え外交・安全保障面で摩擦も生じ、特にTHAADミサイルの在韓米軍配備を巡って中国が強く反発し、両国関係は一時的に悪化した。ただし、経済・人的交流は引き続き大規模に維持されている。
ロシアとの関係
第二次世界大戦後の朝鮮半島北部はソビエト連邦軍軍政の下で社会主義体制が形成され、朝鮮労働党と金日成を中心とする権力構造が確立された。1950年に勃発した朝鮮戦争ではソ連は軍事顧問や兵器供給を通じて北朝鮮および中国側を支援したが、直接参戦は回避した。戦争後、韓国は反共主義を基盤としてソ連および東側諸国と断絶した関係を維持した。
1960年代から1970年代にかけては冷戦構造の下で韓ソ関係は敵対的に推移し、韓国は反共外交を継続した一方、ソ連は北朝鮮との同盟関係を維持した。1980年代前半まで両国関係はほぼ断絶状態にあったが、1985年以降のソ連の改革開放政策および韓国の北方外交により関係改善が進展した。
1988年のソウルオリンピックを契機に接触が拡大し、1990年に韓国とソビエト連邦は国交を樹立した。1991年のソ連崩壊後はロシア連邦との関係に移行し、韓国企業の対露投資や貿易が拡大するとともに、極東地域開発や資源分野での協力が進展した。また、旧ソ連地域に居住する高麗人との交流も再開された。
1990年代以降、韓国はロシアおよびCIS諸国との経済関係を拡大し、エネルギー・資源開発や物流分野での協力が進んだ。北朝鮮問題を含む安全保障面ではロシアは六者会合など多国間枠組みに参加し、限定的ながら関与を継続している。
ベトナムとの関係
ベトナム戦争では南ベトナム陣営として参戦し約5000人の韓国軍兵士が戦死したとされる。この戦争で一部の韓国人帰還兵は枯葉剤の影響によって後遺症に苦しむことになった。一方で韓国軍による民間人への性暴力や虐殺行為もあったとする指摘が存在する。南ベトナム崩壊により、ベトナム人との間に生まれた子ども(ライダイハンと呼ばれる)はベトナムに残されることとなった。
これらの問題については、1998年以降、韓国側が継続的に謝罪の意向を示してきたとされる一方で、ベトナム側は「勝戦国として謝罪は必要ない」との立場を示してきたとされている。一方被害者は補償を求めており、2023年にソウル地方裁判所で一審勝訴となった。
ベトナムは韓国の主要な輸出先のひとつであり、戦略的パートナー関係にある。ベトナムに対し多額の投資と技術協力を行っており、ベトナム最大の企業は韓国資本のサムスン・ベトナムで、2021年におけるベトナムへの直接投資額は世界1位であり、韓国で働く外国人労働者の7 %にあたる約15万人がベトナム人であるなど経済的な結びつきも強い。2015年には両国間でFTAが発効した。
2019年時点でベトナムの総輸出の25 %がサムスン電子のものであり、コロナショックではサムスンの技術者が14日の隔離措置を免除された。ベトナムからの労働者受け入れも盛んで、2020年では21万人のベトナム人が在留しており中国に次ぐ数となっている。
経済・主要産業
現況の概観
主要産業は、エレクトロニクス、IT、化学製品、自動車、造船、鉄鋼である。2023年における韓国平均世帯所得は7,185万ウォンで、可処分所得は5,864万ウォン。2020年の国内総生産は世界10位。2021年の貿易輸出額は世界6位。2020年の国連工業技術力指数は世界3位。巨大財閥が経済に対して強大な影響力を持っており、中でもサムスン電子は、半導体・スマートフォン・テレビ・家電製品において世界シェア1位である。また、韓国は新興途上国への積極的な開発投資を行っており、一例として世界最高高度の建築物「ブルジュ・ハリファ」の建設は、韓国のサムスン物産がベルギーとアラブ首長国連邦の企業とジョイントベンチャーを組んで施工した。経済複雑性指標は世界4位。
大韓民国全体の名目GDPは、世界の主要経済圏と比較して極めて巨大な水準にある。
例えば、直近の予測(2024年時点)に基づき平準化した比較によると、韓国全体5,170万人のGDP(約1.87兆米ドル)は、日本の主要な経済中心地である首都圏4,450万人(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県の1都3県)の合計県内総生産(概算約1.85兆米ドル)とほぼ同等の規模を形成している。
主要な企業としては、上に挙げたサムスン電子の他に、現代自動車、キア自動車、LGエレクトロニクス、SKハイニックス、ネイバー、ロッテ、ポスコ、HD現代重工業などがある。
韓国経済史
韓国の経済は朝鮮戦争の激戦でインフラが破壊されたことによって1960年代前半までは大きく立ち後れていたが、1965年の日韓基本条約を機に、日本からの円借款などの資金協力や技術援助を受け、安い人件費を活かした製造業が発達し、1962年から1994年の間、年20 %の輸出の伸びを記録し、毎年平均GDPが10 %成長した。この急激な経済成長は、「漢江の奇跡」と呼ばれる。高度経済成長期、新興工業経済地域(NIEs)に数えられた時期を経て、1996年にOECD(経済協力開発機構)加盟。日本に次ぐ、アジアで2番目の先進国となった。
1997年にはアジア通貨危機により韓国経済は大きな危機に直面し、大量倒産や失業と財閥解体が起こり、外資導入と市場の寡占化が進んだ。大手輸出企業や銀行の株主の多くは外国人になった。2000年ごろには一時的な経済の立ち直りがあったものの、政府の金融政策のためクレジットカードを大量に発行した余波もあり、2003年ごろには個人破産が急増して国内での信用不安が高まり、金融が危機的状態となった。深刻な就職難に陥り、2009年大卒者就業見込みは55万人中4万人だけであった。
2000年に入ると、富裕層向けの高層マンションブームとなり、2002年から2012年までの10年間に不動産価格は68.5 %上昇した(日本のバブル景気とほぼ同率)。これらは一時低迷したものの2018年には再び不動産高騰によるバブル経済に突入し、2022年におけるソウルの一般マンション平均価格は1億6000万円前後を推移、年8 %の継続的な物価高騰が続くものの、いずれも賃金上昇率に見合わないため社会問題化している。
2007年ごろには、韓国の製造業が、技術的に先行していた日本と、大量生産により追い上げる中国の存在に追い込まれるのではないかとする「サンドイッチ現象」への懸念が持ち上がっていたが、リーマン・ショック以降、ウォン安政策によって輸出が伸び、2011年には韓国の貿易依存度は対GDP比96%となった。また、2010年ごろから2012年末までに続いた超円高や、2011年の東日本大震災などの災害により、日本の製造業が低迷する中、競合の韓国の技術企業は大きく業績を伸ばした。特に好調なサムスン電子は売り上げ高と利益を伸ばし、さらには自社内の基礎研究にも力を入れたことで、世界最大のエレクトロニクス・テクノロジー企業となっている。電化製品においては、品質にこだわり保守的な日本企業に対し、コストパフォーマンスに優れ消費者に訴求するデザインや機能性を追求した韓国製品がシェアを拡大し、テレビの世界シェアは3割と日本を大幅に上回っている。また現代自動車は欧米先進国における自動車販売台数を急激に伸ばし世界3位の自動車メーカーとなった。
2018年文政権政権によって大幅な最低賃金引き上げが行われ、直後は失業率が上昇したがその後は安定、生産性の向上も起こり同年の経済成長率は2.7%となった。2020年最低限の住宅基準以下の世帯は4.6 %に改善、2010年の10.6%の半分以下になる。2018年時点での国内総生産は世界10位であり、近年は知的財産への投資も増加している(韓国の知的財産権問題も参照)。
大手製造業である財閥系輸出企業は好調であるが、韓国全体の雇用に寄与しておらず、内需はきわめて停滞しており、韓国国内においては財閥系企業の寡占が問題となっている。2021年時点で、韓国の国内総生産の14%を三星財閥ひとつで占めていた。このため、社会では「二極化」という言葉がよく使われるようになり、経済的格差の拡大が問題となっている。その他恒常的な問題として、徴兵義務回避や留学志向のため、優秀な若者は韓国国内の経済状況に関わらず、アメリカを中心とした国外の企業・研究機関に就職する傾向が高まっており、頭脳流出が懸念されている。
半導体・電子部品
DRAMでは世界シェアの約半数近くを占める。1997年のアジア通貨危機で、当時、単なる主要企業にすぎなかった韓国の半導体メーカーらは一時的に倒産寸前にまで追い込まれるが(SKハイニックスは、2001年に一度経営破綻している)、韓国政府からの公的資金注入による韓国の将来をかけた半官半民体制や、破綻を避けるための広範な構造改革、効率的な経営計画の実行、大規模投資、日本の電機メーカーとの相互協力(ソニーとの液晶パネル製造の合弁会社設立や、相互特許使用契約の締結。東芝との光ディスク装置の合弁会社設立。古くはフラッシュメモリの共同開発と技術仕様・製品情報の供与契約の締結などもしている)などを経て著しく躍進し、グローバル企業への成長を加速させる。半導体技術力向上の一環として、世界中から人材を集めるのが特徴で、サムスン電子などは韓国政府のバックアップのもと、1991年の日本のバブル崩壊時に大がかりにリストラされた東芝、松下電器、三洋電機、シャープ、NECなどの日本人技術者を高給でヘッドハンティングし、日本人技術顧問が外国人技術者中77名と大半を占めるなどの環境下で、最新技術を取得。それらの要因と日本の電気メーカーの緩慢さ・展望の見誤りもあり、1990年代まで日本が優位にあったDRAM業界のシェアを韓国が塗り替えることになった。これに対し日本や他国の企業は技術流出の対抗策として、自社技術者の監視、生産技術の内製化を進めている。一方で韓国企業でも同様に他国への技術流出対策を積極的に行っている。フラッシュメモリーは日本や米国にも輸出する反面で部品を輸入し、水平分業が盛んである。パソコンや携帯電話などで使われる汎用品の液晶パネルでもDRAMと同じ産業構造であり、韓国が世界トップのシェアを占めている。
家電・情報通信製品
韓国の家電・情報通信製品は2021年、世界最大の販売シェアを得ており、液晶テレビや携帯電話の分野ではサムスン電子が、冷蔵庫、洗濯機、エアコンなどの白物家電の分野ではLG電子が世界的に有名である。
特にサムスン電子の製品は、新興国のみならず欧米でも高いブランド価値も得ている。デジタルカメラやプリンターなど日本企業が健闘していた製品領域での伸びも著しい。携帯電話の分野では国際マーケットでノキアやモトローラなどと熾烈な競争を続けている。基幹部品のフラッシュメモリーや液晶パネルのシェアで世界トップであることが強みであり、第三世代携帯電話 を中心に韓国製のシェアが伸びている。この分野についてはOEM(相手先ブランドによる生産)やEMSなどが広範に行われており、いわゆるブランドシェアと実際の国際マーケットにおける貢献の詳細については不明な点も多い。クレジットカード照会機、PCPOSシステムと周辺機器、複合クレジットカード照会機をはじめとした各種の電子機器の海外輸出も行われている。
自動車
2020年時点の韓国の独立系自動車資本は現代-起亜自動車グループだけであり、その他の自動車メーカーは外国企業の傘下である。韓国の自動車産業の歴史は日本企業との提携から始まった。現代自動車は三菱自動車工業、現在では現代自動車の傘下に入っている起亜自動車はマツダ、大宇自動車(GM大宇を経て現在は韓国GM)はトヨタ、ルノーサムスン自動車は日産自動車と提携していた。韓国国内では1988年に自動車の輸入が自由化されたが、「輸入先多辺化(多角化)制度」と呼ばれる事実上の対日輸入禁止品目において自動車が指定されていたために、日本車の輸入・販売は1998年7月に至るまで禁止されていた。
現代-起亜自動車グループは、2000年代中盤までには日本以外の世界市場ですでに一定の低・中価格帯の車種のシェアを獲得し、2000年代後半にはさらなる高価格帯への参入を企図し、2008年に初めて海外の高級車マーケットにヒュンダイ・ジェネシスを投入した。一方、趣味性の高いスポーツカーはほとんど販売しておらず、数々の特色のあるスポーツカーを市場に投入してきた日本の自動車メーカーとこの点で異なる。2002年、現代・起亜はアメリカで、エンジン出力水増し広告が発覚し、集団訴訟され、補償金を支払った。2012年、今度は燃費水増し広告が発覚し集団訴訟が起こされ2億1000万ドルの支払いで和解した。
韓国車のデザインは2000年代前半ごろまでは日本車の影響が強かったが、2000年代後半からその影響を脱し飛躍的に向上している。これは現代-起亜自動車グループが、生産効率よりもデザイン優先に経営方針を定め、起亜がアウディのチーフデザイナーだったペーター・シュライヤーを獲得して最高デザイン責任者に、現代がBMWのチーフデザイナーだったクリストファー・チャップマンを獲得してデザイン責任者に据えたことが影響している。現代起亜グループの立役者となったペーター・シュライヤーは2012年12月に現代起亜グループの社長となった。また品質の向上も著しく、世界金融危機以降の円高ウォン安の影響もあり、特に米国や欧州市場で販売シェアを伸ばしており、2011年の現代-起亜自動車グループの現代自動車と起亜自動車の合計販売台数は660万台で世界4位であった。
ディスプレイ
韓国は世界最大のディスプレイ製造国であり、世界シェアは50%を超える。
日本は市場に出せる商品を開発・事業化し、液晶産業の創造・成長をリードしてきた。しかし、1996年ごろから韓国が液晶産業に参入すると、半導体産業での学習・経験と、日本企業からの意図した技術移転により、液晶産業を 急速に立ち上げた。そして、近年両国は大きく液晶の生産量シェアを拡大し、日本を追い越した。
韓国素材部品企業の技術開発や素材部品-パネル企業共同の国産化努力により、偏光板、BLU、フォトマスク、有機材料(EML、HIL)などは国産化に成功した。しかしながら韓国素材部品の国産化率はLCD 65 %、OLED 57 %水準である。韓国を代表する素材部品企業は偏光板、有機材料などを生産するLG化学・サムスンSDI、Wet Chemicalを生産する東進セミケム・ENFテクノロジー、フィルムを生産するコーロンインダストリー・未来ナノテック・暁星・SKCハイテクアンドマーケティング、有機材料を生産するトクサン・ネオルックス(DS Neolux)などがある。韓国の大半の素材部品企業は、韓国のサムスンディスプレー、LGディスプレーのみならず、中国、台湾にも輸出している。
IT・情報通信インフラ
韓国ではブロードバンドが普及しており、インターネット放送や通信型ゲーム、サイワールドなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)やオーマイニュースなどの市民参加型インターネット新聞サイトなど多様なサービスを展開している。近年では世界初の映像付きオンラインゲームの開発とPUBGをはじめとする大ヒットタイトルの制作(後述)、SNOWやLINEをはじめとするアプリケーションコンテンツの開発もその代表である。メタバース市場では、ファッション分野で高い世界シェアを得ており、特にネイバーのZEPETOは、GUCCIやラルフ・ローレンまた、ZARAのメタバース参入時にプラットフォームとして採用された。
建築・土木・プラント
韓国の建築・土木企業は1990年代ごろまで、「手抜工事」が多く、三豊百貨店や聖水大橋、KB橋の崩落事故などにより多数の死者を出したことから安全性に疑問を持たれることもあるが、近年は韓国建設業界の発展は目覚ましく、世界への進出を加速させている。
2000年以降、韓国建設業界は単純な土木工事から脱却し石油化学などのプラント受注などに力を入れており、中東地域やアジアからの受注が多い。また、リゾートやニュータウンの建設にも力を入れており、サムスン建設がドバイで完成時点で世界一の高さになったブルジュ・ハリファを外国企業と共同で建設した。
韓国の建築企業は、発電所や淡水・発電プラントなどの大型プロジェクトを一括(ターンキー方式)受注している。おもな企業は、斗山重工業、HD現代重工業、サムスンエンジニアリング、サムスン物産、現代建設、サムスン建設、SK建設、SKエンジニアリング、GS建設、大宇インターナショナル、韓電KPS、ハンソルEMEなどである。
造船
2000年に建造量と受注残(いずれも標準貨物船換算トン数)で日本を抜き世界1位の造船大国になった。
韓国最大の造船企業であるHD現代重工業は、2021年において世界シェア1位。HD現代重工業の世界最大の造船設備を有する蔚山広域市は、1人当たりの地域別総生産(GDP)がアジア1位で、これらの要因の一つとなっている。
プラザ合意以降の日本の円高による競争力低下とアジア通貨危機を受けてのウォン安が、韓国造船業界の発展の追い風となった。
それとともに造船技術も発展し、2002年から2006年までに世界で発注されたLNG船の78.3 %、ドリルシップの68 %、油田開発用洋上石油生産設備(FPSO)の53.8%を韓国メーカーが受注し、高付加価値船舶市場でも高いシェアを得た。ただし海洋プラント市場では、大半の利益は海外企業に流れており、シェアほどの利益を得られていない。
2008年に世界金融危機を受けて世界経済の収縮が始まると、造船業界の景気も急激に悪化し、年間建造量は世界1位を維持したが年間受注量と受注残(いずれも標準貨物船換算トン数)が初めて中国に抜かれ世界2位になった。2010年上半期には建造量、受注量、受注残量すべての指標で中国に抜かれた。
軍需産業
スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、2019〜23年の累計で韓国は世界10位の武器輸出国である。輸出先はポーランド、フィリピン、インドの順で多い。23年単年では、ポーランド向けが9割を占めた。
韓国の防衛装備品の輸出額は2021年が約72億5000万ドルだったが、22年は約173億ドル、23年は約135億ドルと膨れ上がり、24年は約200億ドルに達する見通し。
2022年のロシアによるウクライナ侵略で需要が高まる欧州への武器輸出の拡大に力を入れており、2024年には韓国大手企業がルーマニアと自走砲などの契約を結んだ。ルーマニア国防省と契約したのは、韓国防衛産業大手ハンファ・エアロスペースで、自走砲「K9」54両、弾薬運搬装甲車「K10」36両など計1兆3千億ウォン(約1500億円)規模を供給する。K9はすでにポーランド、ノルウェー、フィンランド、エストニアなどが導入を決めている。北大西洋条約機構(NATO)の事務総長が防衛分野で韓国との協力を模索すると発言するなど、近年防衛分野で世界的な存在感を増している。
工作機械・金型/製造装置
産業ロボットの稼働数は中国に次ぐ世界2位である。
2000年代初頭より中小企業庁は京畿道富川市の金型産業を地域特化品目に認定するなど金型産業にも力を入れている。これを受け富川市は金型産業支援条例を制定し、世界で初めての金型集積化団地を造成し、世界的な金型産業の前進基地として育成している。
事務用機器、医療用機器、自動車用ギアボックス、携帯電話、PDA・半導体用金型部品、プレス用金型部品、自動車用プレス金型部品、エンジニアリングプラスチック金型、二重射出金型、ダイキャスティング金型、ブロー金型、マシニングセンタ、放電加工機、NCフライス盤、研削盤などのさまざま金型メーカーが存在している。長らく金型・工作機械産業は輸入超過の赤字であり韓国の産業界では問題児とされていたが、2005年以降黒字に好転し、外貨獲得率80 – 90 %の優秀な産業に変貌している。
アメリカの最先端ブロンコ・スタジアムの骨組みとなる数十トンの鉄骨用高強度ボルト・ナットの輸出や、独BMWの部品供給メーカー、カイザー社への工作機械供給など世界各国に輸出している。
韓国にはKPF、ファチョン機械、牙城精密、貨泉機工、ドラゴン電気などの中小企業から斗山インフラコアのような大企業まで1000社以上が存在している。
製鉄
ポスコ(POSCO、旧浦項製鉄)、現代製鉄などがある。ポスコは新日本製鐵から当時の最新の技術をそのまま導入して設立された。近年、中国で粗鉄の需要が急速に伸び中国国内の調達だけでは間に合わないため、中国は韓国から輸入するケースが出ている。また日本の自動車メーカーもポスコの鋼板を採用するようになった。
2012年にポスコが新日鉄から不正に流出された技術を使っていたことが裁判となり2017年に300億円の支払いで和解した。
2020年の粗鋼生産量は6710万トンであり世界第6位であった。
金融
金融関係は、大きな転換期にある。銀行関係では、韓国銀行が中央銀行で、民間の主要銀行にはKEBハナ銀行、国民銀行、ウリィ銀行(もと韓一銀行など)、新韓銀行がある。証券は、韓国証券取引所で新規発行・取引されており、証券会社のウリィ投資証券、NH投資証券など四大証券会社が買収交渉に揺れているところに、新しく未来アセット大宇などが生まれている。保険会社にはサムスン生命保険、クモ生命(錦湖アシアナグループ)、サムスン火災などがある。
医療・生命科学
再生医療は世界的に将来有望な市場とみなされており、近年、韓国でも再生医学などの医療・生命科学技術(バイオテクノロジー)を振興している。
農業
第二次世界大戦以降、韓国の農業技術は向上した。韓国の農業関係者の努力と、日本の農業技術の導入などが要因である。特に禹長春の業績が知られている。また農業研修生として来日した趙漢珪が帰国後に自然・有機農業を韓国式自然農法と称して実践している。
2024年の農産物輸出額は130億3000万ドル。
近年日本では、日本が開発した品種の種苗を韓国内に持ち込み、韓国内で無断栽培・無断増殖して韓国国外に輸出することが韓国による日本の農作物に対する競争力の強化を日本側が問題視している。2017年の推計によると、イチゴや「シャインマスカット」に代表されるブドウの被害が顕著であり、イチゴだけでも日本側の販売機会損失が5年間で220億円となっているほか、ブドウも韓国の輸出ブドウ額の88.7 %がシャインマスカットで、「ルビーロマン」や「ジュエルマスカット」などの高級品種も不正な手段で韓国に持ち込まれて無断栽培されており、山梨県産の「マイハート」も韓国に無断に持ち込まれて韓国側が「レッドシャインマスカット」として韓国内で登録して販売している。この他サツマイモの「べにはるか」の種芋も韓国人によって無断で持ち出され、2018年時点で韓国のサツマイモ栽培面積の4割が同品種となっている。
日本で開発された品種の栽培が盛んな背景として、日本側の開発者はもともと輸出をするつもりがなく、韓国で品種登録をしなかった事が挙げられているほか、改正種苗法が成立する以前は、日本国内で登録品種を正規に購入してから海外に持ち出して現地で産地化したとしても合法だった事もあげられている。このため日本側も機会損失や無断持ち出しと批判することはあるが条約違反などで法的措置を取ることができない。
こうした事例が日本で社会問題となり、2020年に日本の国会は品種の登録時に栽培地域や輸出先を指定でき、指定地域以外での許諾なしの栽培、海外への無断持ち出しは生産・販売の差し止め対象となり、違反者には過料を科すことができる改正種苗法を成立させ、一部品種については輸出先を「指定国なし」に設定して原則として海外への持ち出しを禁止した。
なお、植物の栽培に関しては、植物新品種保護国際同盟(UPOV条約)で知的財産の概念が導入されており、条約批准国の栽培者は品種の開発者に対して栽培料(ロイヤリティー)を支払うこととなっている。UPOV条約では条約批准国は10年以内に全植物を保護の対象としなければならないと定められている。韓国は2002年にUPOV条約に批准しており、日本側は韓国側に累次に渡りイチゴを含めた全植物の保護を早く実行するよう要請した。韓国は当初は2006年までにイチゴを保護対象とすることを表明したが、後に2009年に延長し、2009年にイチゴを除く全植物を保護対象とし、2012年(UPOV条約による猶予期間の最終年)になってイチゴを保護対象とした。
この間、韓国の生産者は日本側にロイヤリティーを支払わずに韓国で生産した日本産品種を日本に輸出しており、この期間中に日本の品種を掛け合わせてソルヒャンなどの韓国の品種を生み出した。韓国側は条約と研究の慣例上問題無い、日本の品種を元にしたソルヒャンの開発は条約上の権利である。シャインマスカットも韓国で品種登録をしなかったのだから、(日本側が)保護を受ける権利は消滅した、と答えている。
経済自由地域
韓国政府は、2003年8月に「経済自由地域の指定運営法」に基づいて、仁川の永宗島、松島、青羅地区を経済自由区域に指定し、同年10月24日には釜山および鎮海と光陽湾一帯に対しても同様の指定を行い、仁川・釜山および鎮海・光陽湾による「3特区体制」を整備した。政府はこの3地域を「北東アジアのハブ(中心国家)構想(仁川は国際空港を中心とした金融・物流・国際業務センターとしての役割を担い、釜山および鎮海(東南地域担当)と光陽湾(西南地域担当)は中国・上海と競争する港湾物流・工業団地として育成する)」の拠点に据えるとの計画を発表した。
2006年からは、外国企業誘致のため、経済自由区域内では英語を公用化する必要性があるとして、公文書を英語で受付・処理するようになり、公文書や看板などには英語が併記されるようになった。
他にも、外国企業誘致策の一環として、松島地区において韓国では初めての公的教育機関としての外国人学校(対象は、韓国に住む外国人、仁川経済自由地域に進出する外国企業で働く外国人の子弟)となるチャドウィックインターナショナルスクールが2010年に開校した。
地理
大韓民国は朝鮮半島全域を領土と主張し、そのうちの南北軍事境界線以南およびその属島を統治している。軍事境界線以北は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)政府によって実効統治されているが、大韓民国では北朝鮮地域を指す表現として「北韓(ほっかん)」が用いられている。
西には黄海、東には日本海に面し、大韓海峡(対馬海峡の西水道)を隔てて釜山と対馬とは約50キロメートルの距離である。全国土面積は10万0339 km2で、これは日本の総面積37万7961 km2のほぼ4分の1(26 %)にあたり、北海道本島の面積7万7984 km2の1.26倍に相当する。国土は古期造山帯が支配的である。
地震は、九州など日本から伝わるものを除きほとんど発生しないことから、比較的安価に高層マンションが建設可能であり、戸建より人気がある。活火山もまったく存在しない(済州島、鬱陵島は火山島だが活動していない)が、少数の温泉はある。
韓国の名目上の範囲
最北端 – 咸鏡北道(北朝鮮政府が実効支配)
最南端 – 馬羅島(済州特別自治道西帰浦市)(韓国政府が実効支配)
最西端 – 平安北道(北朝鮮政府が実効支配)
最東端 – 竹島(独島)(韓国政府が実効支配)
韓国の実効支配の範囲
最北端 – 江原特別自治道高城郡
最南端 – 馬羅島(済州特別自治道西帰浦市)
最西端 – 白翎島(ペンニョンとう、仁川広域市甕津郡)
最東端 – 竹島(独島)
気候
ケッペンの気候区分によると、ソウル特別市、仁川広域市、大邱広域市、大田広域市、光州広域市は温帯夏雨気候(Cwa)に属し、釜山広域市、蔚山広域市は温暖湿潤気候(Cfa)に属する。また、坡州市、原州市、春川市などの内陸北部、平昌郡などの山岳地帯は湿潤大陸性気候・亜寒帯冬季少雨気候(Dwa、Dwb)に属する。
冬季は湿度が低く乾燥しており、典型的な温帯夏雨気候(Cw)、亜寒帯冬季少雨気候(Dw)となる。夏季は高温多湿で、年平均降水量の50 – 70%がこの時期に集中する。また、2018年8月1日には洪川郡で、韓国気象庁が韓国の最高気温記録となる41.0℃を観測し、ソウル特別市でも39.6℃を観測した。韓国の気温は、年平均気温や気温の年較差、緯度の点で、日本の北関東、東山地方、東北地方と同程度である。
済州島は韓国で最も温暖とされている。済州市の年平均気温は16.2℃、西帰浦市の年平均気温は16.9℃となっており、緯度が近い対馬島(16.0℃)、壱岐島(15.8℃)よりも年平均気温が高い。
- 最暖月22℃未満 – 薄水色
- 最寒月-3℃未満(=亜寒帯(D)の条件)- 薄水色、水色、青色
地方行政区分
なお、現在大韓民国の統治の及んでいない黄海道、平安南道、平安北道、咸鏡南道、咸鏡北道の五つの道(以北五道)も名目上設置されている。
主要都市
大韓民国は、首都であるソウル特別市を中心に発展してきた。ソウル首都圏(ソウル特別市、仁川広域市、京畿道)には人口の約半数が集中し、政治、経済、文化の中心地として機能している。他の主要都市には、東南部の港湾都市である釜山や、仁川、大邱、大田、光州、蔚山などがある。
急速な経済成長に伴うソウル首都圏への一極集中は住宅不足や交通渋滞などの都市問題を引き起こしており、政府は均衡発展を目指して2012年に世宗特別自治市を新設し、行政機能の一部を移転させた。
交通
道路
鉄道
空運
国民
民族構成
現代
歴史的な観点で言えば、後述するように朝鮮は古来、多様な経路からの異民族の移住があったが、現代の民族構成は96 %が朝鮮民族であり、(事実上の)単一民族国家である。北方の分断国家である朝鮮民主主義人民共和国と同様、単一民族国家意識が強い。
公用語は韓国語。朝鮮民主主義人民共和国と同様にハングルで表記される。標準語はソウル方言といい、ソウル特別市を中心としたソウル方言に基づいた言語を使う。字母の辞書配列などでも朝鮮民主主義人民共和国とは異なる。日常生活、政治などの分野では朝鮮民主主義人民共和国の標準語と通訳なしに疎通が可能だが、医学用語のような技術的語彙には差が大きく、この部分は意思疎通が難しい。朝鮮民主主義人民共和国とは長引く分断で異なる点も少なくない。
韓国人は儒教や形式主義・体裁主義・伝統主義が文化の根底となっているため、保守を重んじる民族とされている。
外国人
近年では在韓外国人が急増しており、その数は2018年に200万人を超えた。外国人の占める割合は4%を超え日本を上回る。急速に、かつての単一民族国家から日本以上の移民社会へと変貌を遂げつつある。大半は中国人、特に中国朝鮮族が占めているが、国際結婚の急増から東南アジアも非常に多い。また、カレイスキー(高麗人)との関係から旧ソ連を構成していた中央アジア諸国出身者も2万0265人いる。花嫁不足の地方では35.9%が国際結婚であり、韓国統計庁「婚姻・離婚統計」によると、2018年度の全結婚件数の9.2%が国際結婚であった。多文化家族の生数に占める割合は6%であった。
在韓中国人
韓国で最も多い外国人であり同じ民族の中国朝鮮族と華僑に大別される。2022年の在韓中国人は849,804人。
1880年代に宗主国の清が反乱鎮圧のために派遣した軍が華人の入植として記録されている。
2020年の非韓国系の在韓中国人は74万9101人。
中国朝鮮族
言語
公用語のひとつはソウル方言をもとにした韓国語であり、文字はおもにハングルを用いる。なお「韓国語」とはおもに外国向けの表現であり、韓国民は「国語」「ウリマル(우리말、「われわれの言葉」を意味する)」と呼ぶことが多い。最近ではハングルのみで読み書きするための教育を受けた世代が多くなり、古文書を扱う公務員や教育関係者など一部を除き、漢字を読むことができない国民が多い。最近は再び、学校での漢字教育も重視すべきとされているが、全般的に漢字表記は少ない。2002年のW杯前後より、東アジアの漢字文化圏からの観光客への便宜および同地域の国際交流推進を目的に、交通施設の標識などに漢字が増えてきている。
2015年12月31日制定の『韓国手話言語法』により、韓国手話は二つ目の公用語となった。
社会
人口
大韓民国の人口は2024年基準で約5,175万人と推計される。世界人口の約0.72%を占め、アジアで13番目、世界で29番目に人口が多い国である。
1949年の政府樹立直後には約2,000万人であった人口は1967年に3,000万人、1983年に4,000万人を超え、2012年6月23日に5,000万人を突破した。しかし2020年以降は人口が自然減少に転じ、外国人を含む総人口も減少傾向となっている。韓国の人口構造は低い出生率、急速な高齢化、高い人口密度といった特徴を持つ。2024年の合計特殊出生率は0.75であり、世界的にも最低水準である。
2023年の韓国人の平均寿命は男性80.6歳、女性86.4歳で83.5歳であり、これは経済協力開発機構(OECD)加盟国の中でも上位の水準にある(OECD平均81.0歳)。
2025年第1四半期の出生児数は65,022人で前年比7.4%増加し10年ぶりに増加に転じたが、依然として低水準である この背景には教育費、住宅費、長時間労働、仕事と家庭の両立困難などがあるとされる。
人口高齢化も進行しており、2024年12月には65歳以上人口が20%を超え、超高齢社会に突入した。
2023年の老年化指数は167.1でOECDでも上位に位置し、2050年には504.0に達し日本を超えると予測される。
人口ピラミッドは1960年代のピラミッド型から2010年代の鐘型を経て、2020年代以降は逆ピラミッド型へと変化している。
2060年には60歳以上人口が47.4%に達する見通しである。
2023年の死亡者数は352,511人で、主な死因はがん、心疾患、肺炎である。
自殺死亡率は2023年時点で人口10万人あたり27.3人でOECD最高水準である。
人口政策は1962年から出生抑制政策として開始され、1983年に代替出生水準に到達した。 その後1997年のIMF危機以降出生率が低下し、2006年以降は出生促進政策へ転換された。
都市化率は81.5%であり、2024年の首都圏人口は全国の50.8%にあたる2,630万人である ソウルの人口密度は1㎢あたり15,521人である。
民族構成は大部分が朝鮮民族であるが、外国人は増加傾向にある。2024年時点で外国人住民は2,459,542人で総人口の4.8%を占める。国籍別では中国系朝鮮族、ベトナム、中国、タイなどが多い。居住地域では首都圏に集中している。
労働と福祉
2026年基準で大韓民国政府が告示した最低賃金は10,320ウォンである。労働者の平均賃金はOECD平均の約90%水準であるが、男女間の賃金格差はOECD加盟国の中で最も大きい水準であった。2024年の最低賃金委員会統計によれば、最低賃金の影響を受ける労働者の割合は3.9%である。
2024年に雇用労働部が集計した2023年基準の労働組合組織率は13%であり、労働組合員数は273万7,000人であることが確認された。大韓民国の労働組合連盟体としては全国民主労働組合総連盟(民主労総)および韓国労働組合総連盟(韓国労総)などがある。
大韓民国のすべての国民は健康保険に義務的に加入しており、労働者は雇用保険および産業災害保険への加入も義務付けられている。また、遅くとも27歳以上のすべての国民は国民年金に加入する制度となっており、これら4つは「4大保険」と総称される。
大韓民国では自ら生計を維持できない者のために国民基礎生活保障制度を運営している。ただし、受給者選定過程において伝統的な儒教的価値観の影響が残る扶養義務者制度により十分な保障が行われていないという批判もある。
大韓民国は障害者に対して15種類の障害類型を認める登録制度を運用しており、「障害の程度が重い障害」と「障害の程度が軽い障害」の2区分を補助的基準としている。しかし障害者政策水準が低いことや、障害者関連予算が不十分で実効性に欠けるという批判も存在する。
社会的少数者
性的少数者
大韓民国では、保守派やキリスト教原理主義勢力を中心としたキリスト教系団体において、性的少数者に対する嫌悪や差別が存在するとされる。大韓民国においては、2000年のホン・ソクチョン、ハリス、イ・シヨンなどの登場以前は、性的少数者であることを明らかにするだけで周囲からの孤立や学校暴力の対象となったり、就職などで不利益を受けることがあった。
性的少数者は1992年以降、本格的に韓国社会で声を上げ始め、1993年には性的少数者団体チョドン会が初めて結成され、翌年には男性同性愛者(ゲイ)やトランスジェンダーの団体チングサイと、レズビアン団体キリキリに分離した。1997年には大学生同性愛者人権団体大学生同性愛者人権連合が結成され、翌年には同性愛者人権連帯へ名称変更され、2015年には同性愛者人権連帯へと改称された。徴兵制を採用する韓国では、性的少数者の兵役問題も継続的に議論されている。
1998年5月17日には性的少数者人権活動家オ・セインが、家族に同性愛者であることを告白した後に追放され、活動団体の事務所で自殺した。さらに2003年4月26日には、同性愛を悪魔やサタンとするキリスト教系の主張や、同性愛を青少年有害用語・わいせつ物とする動きに対抗して活動していた詩人・作家のユン・ヒョンソクが自殺する事件が発生した。
2000年以降、ホン・ソクチョンが自身がゲイであることをカミングアウトしたことを契機に、ハリスやイ・シヨンなどの公開的な活動が進み、性的少数者に対する社会的拒否感は徐々に弱まり始めた。その後、一部の団体や社会的活動家を中心に支持の動きが広がり、性的少数者文化祭などのイベントも開催されるようになった。現在、韓国における代表的な性的少数者人権団体の連合体として性的少数者差別反対虹色行動が存在する。
一方で、保守系キリスト教団体は「同性愛が合法化されれば同性愛者を非難しても処罰される」「同性カップルへの儀式拒否も処罰対象となる」と主張し、韓国差別禁止法制定に反対する活動を展開してきた。また、当時の自由韓国党の安相洙議員は2019年11月に「国家人権委員会法の差別禁止対象から性的指向を除外する」とする改正案を発議し、議論を呼んだ。
女性
大韓民国の既得権層においては、女性の活躍は限定的であると分析されている。2017年のエコノミストによるガラスの天井指数では、韓国の高位職に占める女性比率は10.5%、企業取締役会における女性役員比率は2.4%であり、OECD29か国中最下位であった。大韓民国国会における女性比率は17%であり、OECD平均(28.2%)を下回っている。近年、大企業は外国人や女性管理職の登用を進めているが、その多くは長期的に定着しない傾向がある。2010年、SK初の外国人女性役員(2008〜2010年)であったリンダ・マイヤーズは「韓国企業は多様性の面で保守的であり変化が遅い」と評価した。
移住民
中華圏、日本、東南アジア、アラブ世界、独立国家共同体など、世界各地域の人々と結婚する韓国人が増加しており、こうした家庭形態は「移住家庭」と呼ばれる。特に農村地域では結婚登録件数の約50%にあたる1万件程度が国際結婚として登録されている。
1990年代初頭まで韓国では男児選好思想が残存しており、1970年代の朴正煕政権による「二人だけ産もう」政策や、1980年代の全斗煥政権による「一人産んでしっかり育てよう」といった家族計画政策の下で、女児の中絶が発生した。その結果、1970〜1990年代初頭出生世代では男女比の不均衡が生じ、男性人口が女性人口を上回る現象が見られた。
また1980年代後半以降、農村離れにより農村部の未婚男性が結婚困難に直面し、悲観による自殺が増加したほか、1990年代以降は外国人配偶者を求める農村男性が増加した。
移住労働者は1990年代以降、生活水準の向上と教育水準の上昇(1970年代の高卒中心から1990年代以降の大卒・短大卒中心への変化)により、若年層がいわゆる「3D職種」や「4D職種」を忌避するようになったことを背景として増加した。
その結果、中小企業や一部工場を中心に労働力不足が発生し、多数の移住労働者が韓国に流入するようになった。移住労働者は合法的に就労ビザを取得して入国した産業研修生と、不法滞在者に大別され、一般的にこれらを総称して移住労働者と呼ぶ。2010年時点で韓国の移住労働者数は55万人であり、経済活動人口の2.2%を占めていた。
難民
大韓民国内の難民の大部分は脱北者であり、政府はこれを大韓民国憲法における象徴的領土規定に基づき、朝鮮半島の北側地域を不法に占拠する反国家団体から脱出し韓国領域に入った大韓民国国民であると見なしている。これらの脱北者に対しては国籍付与や生活支援などの各種支援が行われている。
また1990年代以降、政治的難民の受け入れが始まり、アフリカやアラブ圏の一部国家から政治的・宗教的迫害を逃れて入国した人々に対して人道的観点から受け入れが行われているが、その数は一般的な先進国と比較すると多くはない。
2017年にはバイセクシュアルの女性が性自認を理由とした迫害の恐れを主張して難民申請を行い、大法院で難民として認定された事例がある。
教育
初等学校6年と中学校3年は義務教育である。高等学校は3年課程であり、一般系・特性化高等学校・特別目的高等学校(特目高)に分類される。高等教育は4〜6年制の大学および2〜3年制の専門大学から構成される。
2005年の人口住宅総調査によると、教育を受けている正規学校在学者は1,089万人(24.7%)、卒業者は2,987万人(67.8%)、中退者は96万人(2.2%)であった。また卒業者のうち初等・中学校卒業者は750万人(24.5%)、高等学校卒業者は1,263万人(41.2%)、大学卒業以上は1,050万人(34.3%)であり、教育水準は比較的高いとされる。しかしこの高い教育水準は教育政策の結果であるとされ、近年では学歴インフレーションにより青年失業率の増加など社会問題となっている。
韓国の大学進学率は他国と比較して高い水準にある。ただしこの背景には教育熱の高さに加え、大学入学定員の増加も影響しているとされる(2008年基準で高校卒業予定者約60万人に対し大学総定員約65万人)。一般的に大学進学希望者は大学修学能力試験(修能)を受験する。この試験は高校卒業予定者または同等の学力を有する者が受験可能である。
また各大学は随時募集や特別選考などを通じて個別基準に合った学生を選抜している。さらに韓国では私教育市場が大きく発達しており、家庭あたりの平均私教育費は月70万ウォンを超える水準である。
家庭生活
大韓民国では近親婚が厳しく制限されており、8親等以内の婚姻が禁じられている。
宗教
大韓民国には古来よりの土着信仰として巫俗信仰(ムーダン信仰)が存在する。
仏教および儒教は古く三国時代から流入し、仏教は5世紀から14世紀末(三国時代および高麗時代)にかけて朝鮮半島で隆盛し、多くの寺院や文化遺産を残した。現在では単一宗教としては仏教が比較的多い信者数を持つ。
14世紀末の李氏朝鮮では儒教が国の統治理念として採用されたが、現在では儒教を宗教的信仰対象として受け入れる人は多くなく、学問・思想・倫理体系として理解されている。ただし儒教は韓国人の風習や価値観、生活様式に強い影響を与えている。
キリスト教については、カトリック教会は朝鮮後期に李承薫らによって「西学」として伝播した。その後、丙寅迫害や辛酉迫害など大規模な弾圧が発生し、これは丙寅洋擾の一因ともなり、朝鮮政府の弾圧が強まった。当時の殉教者のうち103名がカトリック教会によって聖人として列聖されている。
19世紀末から20世紀初頭にかけては米国系プロテスタント宣教師による宣教活動が行われ、学校や教会が設立された。この時期にメソジスト、長老派教会などのプロテスタントや聖公会、正教会なども伝播し、急速に拡大した。韓国におけるキリスト教の歴史は比較的短いが急速に発展し、現代社会に大きな影響を与えており、世界的な宣教活動も活発である。現在、プロテスタント、カトリック、正教会などキリスト教人口は全宗教中で最も多い。
その他、天道教(東学)、大倧教、円仏教、甑山道、統一教会などの新宗教が19世紀から20世紀にかけて韓国で創始され、現在まで信仰されている。
韓国のキリスト教は信者絶対数では中華人民共和国、フィリピン、インド、インドネシアに次ぎアジア第5位である。国民全体に占めるキリスト教信者の割合ではフィリピンと東ティモールに次ぐ東アジアおよび東南アジア第3のキリスト教国である。
韓国で立教された代表的な新興宗教として世界平和統一家庭連合、キリスト教福音宣教会がある。
社会的葛藤
民主化以降の韓国社会には、右派と左派の激しいイデオロギー対立に起因する社会的葛藤が存在する。
韓国人の認識においても、社会的葛藤の中で最も深刻なものは進歩・保守間の政治対立であり、そのほか正規職と非正規職の対立、労働者と使用者の対立、貧富格差、大企業と中小企業の対立、地域間格差などが主要な社会葛藤として挙げられている。
このようなイデオロギー対立の延長として、自由民主主義の実現方式をめぐり、国家主導の社会運営と成長を重視する国家主義的立場と、個人の自由を基盤としつつ分配を重視する自由主義・進歩主義的立場の間で対立が存在する。これについては、韓国が長期にわたり反共・反北朝鮮体制を重視したため左派の存在が制約され、さらに1980年代の学生・労働運動によるイデオロギー構造も1990年代初頭の社会主義体制崩壊により弱体化し、西側諸国のような明確な左右構造が形成されなかったことに起因するとする見方がある。
余暇
2024年の文化体育観光部および韓国文化観光研究院の調査によれば、韓国の月平均余暇時間は平日3.7時間、休日5.7時間であり、月平均余暇支出は18万7,000ウォンであった。また余暇満足度は61.6%であり、年間平均余暇活動数は16.4種類である。
文化および芸術活動の観覧率は63%であり、映画、ポピュラー音楽・公演、ミュージカルなどの順で多い。年次有給休暇の消化率は77.7%、平均使用日数は16.8日であり、その用途は旅行・余暇目的が45.5%、休息目的が30.6%である。
主な余暇活動としてはテレビ・動画視聴、散歩、通話、買い物、外食、インターネット利用、友人との交流、音楽鑑賞などが挙げられ、個人単独で行う傾向が強い。また余暇活動を阻害する要因としては「時間不足」「興味のあるコンテンツの不足」「費用負担」が挙げられている。
文化
伝統
チマチョゴリないし韓服、キムチ、ビビンバ、チゲ、朝鮮人参(韓国では高麗人参と言う)などの韓食・韓方に代表される食、オンドルに代表される住居などに伝統文化が息づいている。日本やベトナム同様に韓国の伝統社会では地理的な関係から中華文明の影響が大きかった。
国際化の中で廃止される伝統文化もあり、一例として、韓国には他のアジア諸国同様に犬肉食があったが、1980年代から欧米諸国からの批判が高まり、2024年に禁止法が制定された。
伝統文化やハイカルチャーの広報を韓国文化院が担い、大衆文化については韓国コンテンツ振興院 (KOCCA)が民間企業のコンテンツ制作と輸出と宣伝に多額の国費を投入して強力に後援している。2020年度の韓国コンテンツ振興院の予算は約440億円で、2019年における日本のクールジャパン機の予算が170億円であり2倍以上の支援をしている。
文学
韓国文学は古代から現代に至るまで多様な形式と内容を含んでいる。古典文学では、三国時代から李氏朝鮮時代までの文学を指し、主に漢文で記録された作品が多い。代表的なジャンルとしては、郷歌、高麗歌謡、時調、歌辞、古典小説などがある。特に訓民正音の創製以降はハングル文学が発展し、『洪吉童伝』や『春香伝』などの大衆的小説が登場し、庶民層にも文学が広がる契機となった。
開化期以降から現在に至るまで発展してきた現代文学は、西洋文学の影響を受けて新たな形式と内容が導入された。自由詩、短編小説、長編小説、戯曲、随筆など多様なジャンルが発展し、日本統治時代には抵抗文学とともに尹東柱、金裕貞、玄鎮健、李箱、沈熏らの文学者が活動した。また、朝鮮戦争後には戦後文学が登場するなど、時代状況を反映した作品が多く創作された。
2000年代以降、現代韓国文学は世界文学の中で独自の地位を確立し、海外でも注目を集めるようになった。特に作家韓江は小説『菜食主義者』で2016年にマン・ブッカー国際賞を受賞し、2024年にはノーベル文学賞を受賞した。
音楽
大韓民国の大衆文化が主にアジアを中心として海外で人気を得る現象は、韓流(한류、Korean wave)と呼ばれる。1997年頃から、文化輸出国を目指す韓国政府の政策を背景として、2000年前後より韓国ドラマがアジア各国で放送されるようになった。その後、中国や日本などでも韓国の大衆文化が広く流入し、この用語が定着した。
韓国の音楽では、代表的な伝統民謡としてアリランが知られており、そのほか地域ごとに異なる朝鮮民謡が存在する。韓国の多くの歌手は東アジアや東南アジアで広く知られており、韓国の大衆音楽市場(K-POP)は継続的に発展を遂げ、世界的な人気を獲得している。
代表的なK-POP歌手としては、BoA、SUPER JUNIOR、少女時代、INFINITE、BTS、BLACKPINK、TWICE、IUなどが挙げられる。2012年にはPSY(パク・ジェサン)の「江南スタイル」が世界的ブームを巻き起こし、この楽曲はWonder Girlsの「Nobody」に続いて、アメリカのBillboard Hot 100で2位を記録した。2020年にはBTSの「Dynamite」がBillboard Hot 100で1位を獲得し、2021年には「Butter」で同チャート5週連続1位を記録するなど、世界的な人気を集めた。
児童向け楽曲「ベイビーシャーク」はYouTube上で100億回以上視聴された。
映画
ドラマ
ゲーム
韓国では、高いインターネット普及率と急速なIT化に伴って国内でオンラインゲームの大衆化が進み、初期のeスポーツ強豪国として知られるまでになった。これを受け、当時韓国企業であったネクソンを筆頭に韓国国内のIT企業は一斉にオンラインゲーム開発に乗り出し、従来のようなビデオゲームではなく、PCを使用しインターネット上の対戦相手と対戦できるようなゲームを販売し、オンラインゲーム市場を独占した。1996年、ネクソンは世界初の映像付きオンラインゲームの開発に成功した。
2017年には韓国のデベロッパーKRAFTONの子会社であるPUBG Studiosが開発した『PUBG: BATTLEGROUNDS』を発売されると、世界的大ヒットを巻き起こした。PUBGはゲーム界にバトルロイヤルという新たなジャンルを確立し、このジャンルからは後にフォートナイトや荒野行動、エーペックスレジェンズなどの人気シリーズが生まれた。PlayStation版が発売されると、コンピューターゲームでMinecraft、グランド・セフト・オートV、Tetris、Wii Sportsに次ぐ世界で5番目に売れたゲームソフトウェアとなった。
アニメ
また韓国はアニメーション制作大国として知られ、近年は3DCG作品が有名で世界的認知度を持つ作品も多い。特に、児童向けの教育CGアニメーションは、多くの国の放送局で採用されている。
Netflixに配信されているアニメシリーズラーバは同コンテンツ内のアニメ部門で世界1位となった。
日本とのアニメ産業とは昔から密接な関わりがあり、アニメは労働集約型産業で人件費がコストに跳ね返るためかつて日本より人件費の安かった韓国に労働部分を外注に出していた。
日本が国外に部分的に外注したもっとも早い例では、1967年に韓国で動画以降の作業が行われた第一動画の『黄金バット』が当てはまり、続く同社の『妖怪人間ベム』が韓国への外注のはしりとされる。大手のスタジオとなると、1972年から労働争議に揺れていた東映動画が、1973年に『ミラクル少女リミットちゃん』から韓国の大元動画、東紀動画、世映動画に日本人スタッフを派遣し、作画などの技術指導しながら下請けに出すようになる。同国への発注は人件費が高騰する1980年代後半まで続いた。
東映動画以外でも、竜の子プロダクションは1977年に設立した子会社のアニメフレンドを通じて韓国へグロス出しを行っている。
1人メディア産業
2020年代以降、大韓民国ではYouTubeやTikTokなどのプラットフォームを基盤とした「1人メディアコンテンツ創作者」が、コンテンツ輸出の重要な一翼を担っている。韓国国税庁の2024年帰属分統計によれば、この業種の申告者数は3万4,806人に達し、総所得は2兆4,714億ウォン(約2,627億円)、1人当たりの平均収入は約7100万ウォン(約754万7300円)を記録した。
特に、非言語(ノンバーバル)コンテンツやショート動画を駆使した世界戦略が顕著であり、2024年には、ショート動画を主力とするキムプロ(KIMPRO)のYouTubeチャンネル登録者数が1億人を突破し、その年間推定所得は1億ドル(約150億円〜170億円)を超えると報じられた。これらのトップクリエイターの所得水準は、プロスポーツ選手や既存の芸能人を大きく上回る規模に達しており、国家的な産業管理の対象となっている。
世界遺産
韓国国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産が13件、自然遺産が2件存在する。
祝祭日
- 休日が集中していた10月初旬の「国軍の日(국군의 날)」(10月1日)と「ハングルの日(한글날)」(10月9日)は、休日の多さが経済発展に悪影響を及ぼす懸念から1991年より公休日でなくなった。しかし、ハングルの日は2013年より公休日に再指定された。
- 「植木日(식목일)」(4月5日)は2006年より公休日でなくなった。
- 「三一節」「制憲節」「光復節」「開天節」「ハングルの日」の五つを「国慶日(국경일)」と呼ぶ。「ハングルの日」は2006年より国慶日となった。
そのほかの法定公休日は以下のとおりである。
- 公職選挙法第34条に基づく任期満了による選挙の投票日(2006年制定)は、大統領選挙、国会議員選挙、地方選挙の投票日に適用される。これら3種類の選挙はいずれも水曜日に実施されるため、休日の観点から見ると韓国において唯一の曜日固定型の公休日となっている。
- 振替休日:国慶日、釈迦誕生日(仏誕節)、労働節、子供の日、クリスマスが土曜日・日曜日・他の祝日と重なった場合、またはソルラル(旧正月)・秋夕が日曜日および他の祝日と重なった場合、その翌最初の非祝日が休日となる。
- 臨時公休日:その他、政府が必要に応じて随時指定する日。
- 地方公休日:地方自治体が特定地域に限って公休日を指定する制度もあり、現在は済州特別自治道が4月3日(済州島四・三事件犠牲者追悼日)、光州広域市が5月18日(光州事件記念日)を公休日としている。これらは該当地域のみの休日であり、他地域では平日である。ただし、当該地域の公務員を除き、民間企業の従業員や学生などは通常は休日扱いとならない。
年齢
現在、韓国では公的には満年齢を使用している(1962年以降)が、民間では数え年が広く使われている。
2023年6月28日から誕生日を基準に年齢を計算する「満年齢統一法」が施行された。
スポーツ
韓国では、サッカー・野球・バスケットボール・バレーボール・柔道・ゴルフ・総合格闘技・ボクシング・アーチェリー・卓球・フェンシング・バドミントン・フィギュアスケート・スピードスケート・ショートトラックスピードスケート・カーリングが盛んである。韓国の国技は足技を特徴とするテコンドーであり、2000年シドニーオリンピックから正式競技種目として採用されている。さらには韓国相撲のシルムも存在する。
韓国では1988年にソウル夏季オリンピック・パラリンピック、2018年に平昌冬季オリンピック・パラリンピック、2024年に江原道冬季ユースオリンピックが開催された。
サッカーにおいては1933年に大韓サッカー協会(KFA)が発足して1983年にプロリーグであるKリーグが開幕した。野球においては1982年に韓国野球委員会(KBO)が発足してKBOリーグがスタートした。バスケットボールにおいては1996年に韓国バスケットボールリーグ(KBL)、バレーボールにおいては2005年にVリーグ(KOVO)が開幕した。
サッカー
韓国ではサッカーが最も人気のあるスポーツである。大韓サッカー協会は1948年に国際サッカー連盟(FIFA)に加盟している。国内サッカー上位リーグの『Kリーグ1』が存在し、その下位リーグに『Kリーグ2』が連なる。AFCチャンピオンズリーグでは浦項スティーラースが通算3度の優勝を数え、FIFAクラブワールドカップにおいても2009年大会で3位に輝いている。
サッカー韓国代表は、アジアの国では歴代最多となる11度のFIFAワールドカップへの出場歴がある。2002年には、日本との共同開催という形で『2002 FIFAワールドカップ 韓国/日本』開催を実現させている。なお、この大会においては代表チームはフース・ヒディンク監督の下、イタリア代表やスペイン代表といった強豪国を次々に破り、過去最高となる4位の成績を収めた。
さらに韓国は世界的に有名なサッカー選手も数多く輩出しており、1980年代にブンデスリーガで活躍したチャ・ボムグンや、2000年代にマンチェスター・ユナイテッドで活躍したパク・チソン、2010年代はトッテナム・ホットスパーで活躍したソン・フンミン、2020年代はバイエルン・ミュンヘンで活躍するキム・ミンジェやパリ・サンジェルマンで活躍するイ・ガンインなど、各年代毎に定期的に世界レベルの選手を生み出している。
その中でも特にソン・フンミンはUEFAチャンピオンズリーグとプレミアリーグのアジア人最多得点記録保持者であり、アジア人男子選手としては初めてプレミアリーグの年間ベストイレブンに選出された選手である。さらに、2021-22シーズンにはアジア人初となる得点王にも輝いている。ドイツの皇帝ことフランツ・ベッケンバウアーも、ソン・フンミンについて「彼はスーパーな選手。私は彼のプレーが本当に好きだ。速くてダイナミックで、ただゴールを決めるだけでなく、本当に美しいゴールを決める」と称賛している。ソン・フンミンの韓国での人気は絶大であり、ギャラップ調査では「韓国人が好きなスポーツ選手」部門で2017年から2023年まで7年連続1位に選ばれている。
2024-25シーズンではイ・ガンインがパリ・サンジェルマンにおいてUEFAチャンピオンズリーグ、リーグ・アン、クープ・ドゥ・フランスで優勝し、アジア人として初めてトレブルを達成した。UEFAチャンピオンズリーグを制したアジア人は、パク・チソンに続いて2人目である。同シーズン、ソン・フンミンがトッテナム・ホットスパーの主将としてUEFAヨーロッパリーグ優勝に貢献した。2025-26シーズンではイ・ガンインがパリ・サンジェルマンにおいて再びUEFAチャンピオンズリーグで優勝し、アジア人として初めてUEFAチャンピオンズリーグ連覇を達成した。
野球
野球も、韓国国内では人気のあるスポーツとなっている。1軍チームによる「KBOリーグ」と2軍チームの「フューチャーズリーグ」が存在する。野球韓国代表は、2000年のシドニー五輪で初のメダルとなる銅メダルを獲得した。続く2004年のアテネ五輪への出場は逃したものの、野球が正式競技種目として最後の大会となった2008年の北京五輪では決勝で強豪のキューバ代表を破り、念願の金メダルを獲得している。
WBCにおいても、2006年第1回大会では準決勝で日本と対戦するが、敗れた。続く2009年第2回大会では決勝まで進出したが、接戦の末に再び日本に敗れ準優勝にとどまった。さらに巻き返しを図った2013年第3回大会、2017年第4回大会、2023年第5回大会では、いずれも1次ラウンドで敗退した。2026年第6回大会では1次ラウンド最終戦でオーストラリアを7対2で下し、17年ぶりに2次ラウンド進出を果たした。だが、決勝トーナメントでは準々決勝でドミニカ共和国代表に大敗した。
ウィンタースポーツ
近年では、ウィンタースポーツでも顕著な成績を上げている。中でも2010年のバンクーバー五輪においてキム・ヨナが女子フィギュアスケートで韓国史上初の金メダルを獲得している。スピードスケートでも、男子ではモ・テボム、女子ではイ・サンファを筆頭に「金メダル3個・銀メダル2個」の快挙を成し遂げた。一方、ショートトラックスピードスケートではこれまでに冬季オリンピックで「金メダル21個・銀メダル12個・銅メダル9個」を獲得するなど強豪国の一角をなしている。カーリングでも、特に女子では「メガネ先輩」の愛称で知られるキム・ウンジョンの活躍が目立つ。2018年、自国開催の平昌五輪では決勝でスウェーデンと対戦して敗れはしたものの、初となる銀メダルを獲得している。自国開催となった2018年の平昌五輪でも韓国選手団は、「金メダル5個・銀メダル8個・銅メダル4個」の計17個のメダルを獲得した。
通信・メディア
1961年から1987年までは軍事政権による言論統制が続き新聞業界の再編などが行われた。放送局は民放2局が公営の韓国放送公社(KBS)に統合され残った民放の韓国文化放送(MBC)も65%の株式をKBSが保有し、基督教放送も準国営化されコマーシャルと報道の放送が大幅に規制された。
1987年の民主化宣言以降は言論の自由が一応は保障され、新聞社が増大した。
1990年にはマスコミ統制で一度KBSに統合された東亜放送のチャンネルを使用した民放のSBSをはじめ、宗教放送専門の仏教放送、圓音放送、平和放送、交通情報専門の交通放送、韓国交通放送(名称が類似しているが別組織)、教育放送専門の韓国教育放送公社、国楽のアリラン専門・国楽FM放送などの新局が多数開局、FEBC-Koreaもすでに中波で開局していたソウルと済州島以外の主要都市にFM放送局を開局し、ラジオネットワーク事業に参入を果たした。ケーブルテレビ局を通した専門チャンネルの放送も増えている。
新聞各紙の紙面は1980年代までは日本と似た縦書きだったが現在は欧米と同じ横書きになっている。
インターネット
報道規制
著名な出身者
脚注
注釈
出典
参考文献
- 統一革命党中央委員会「韓国経済白書(上)」『月刊朝鮮資料 19巻1号 (212)』、朝鮮問題研究所、1979年。
- 有田伸『韓国の教育と社会階層――「学歴社会」への実証的アプローチ』東京大学出版会、2006年3月。ISBN 4-13-056211-8。
- 呉善花『韓国併合への道』(完全版)文藝春秋〈文春新書 870〉、2012年7月20日。ISBN 978-4-16-660870-6。
- 金智龍『私は韓国人。でも日本文化がスキだ!』志村由紀子 訳、ザ・マサダ、1998年12月。ISBN 4-915977-70-6。
- 黒田勝弘『日韓新考』扶桑社〈扶桑社文庫〉、2005年2月。ISBN 4-594-04888-9。
- 黒田勝弘『”日本離れ”できない韓国』文藝春秋〈文春新書〉、2006年7月。ISBN 4-16-660516-X。
- 小針進『韓国と韓国人――隣人たちのほんとうの話』平凡社〈平凡社新書〉、1999年11月。ISBN 4-582-85024-3。
- 佐藤早苗『誰も書かなかった韓国――近くて遠い隣人たちの素顔』サンケイ新聞社出版局〈Sankei drama books〉、1974年。ASIN B000J9F5IO。
- 重村智計『韓国人はほんとに日本人が嫌いか』講談社、1987年12月。ISBN 4-06-203250-3。
- 重村智計『韓国ほど大切な国はない』東洋経済新報社、1998年11月。ISBN 4-492-21107-1。
- 服部民夫、金文朝編著『韓国社会と日本社会の変容――市民・市民運動・環境』慶應義塾大学出版会〈日韓共同研究叢書 10〉、2005年2月。ISBN 4-7664-1106-4。
- 深川由起子『図解韓国のしくみ――2時間でわかる』(version 2)中経出版、2002年5月。ISBN 4-8061-1615-7。
- 文京洙『韓国現代史』岩波書店〈岩波新書〉、2005年12月20日。ISBN 4-00-430984-0。
- 田中恒夫『図説 朝鮮戦争』(初版発行)河出書房新社、東京〈ふくろうの本〉、2011年4月30日。ISBN 978-4-309-76162-6。
関連項目
外部リンク
政府
大韓民国大統領府 (朝鮮語)(英語)
大韓民国国務総理府 (朝鮮語)(英語)
駐日大韓民国大使館 (日本語)
Korea.net:大韓民国政府の公式ウェブサイト (日本語)
日本政府
外務省 – 大韓民国 (日本語)
在大韓民国日本国大使館 (日本語)
観光
韓国観光公社VISITKOREA日本語ホームページ
ウィキトラベル旅行ガイド – 大韓民国 (日本語)
その他
JETRO – 大韓民国 (日本語)
“Korea, South”. The World Factbook (英語). Central Intelligence Agency.
大韓民国 – Curlie(英語) (英語)
『大韓民国』 – コトバンク
大韓民国のウィキメディア地図 (英語)
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